2章 インフォメーションテクノロジーの方針を振り返って

 

ネパール王国政府(HGM)はこれまで散発的にIT関連の計画・案を発展させ作り上げてきたが、長期的戦略を持つ、焦点を絞った具体的な方針ではなかった。70年代中頃、中央統計局内に設置されたデータ処理センターの主要フレームコンピューターが国勢調査や他政府組織のデータ処理に効率の良さを示したことから、政府はコンピューターテクノロジーの重要性に初めて目覚め、ネパールにおけるコンピューター開発のための方針およびプログラムを19751980における第五次5年計画としてまとめあげた。

1975年から続行する5ヵ年計画のなかで、方針声明の重要な点は、政府の最初の意向がインフォメーションテクノロジーの開発を政府の管理下に置こうとしていたが、現在は、政府は国内の民間セクターとのパートナーシップを基調にしたIT開発を望んでいる。

5ヵ年計画におけるIT方針記載のリストは以下のようなものである。

 

第五次5ヵ年計画(19751980

データ処理センターを一機関とする。

人口調査処理のためのIBM1401設置に加え、近代的コンピューターシステムをセンター(DPC)内に設置する。

コンピューター設置のための適切なスペースを確保する。

コンピューターを操作する人材教育を実施する。

 

第六次5ヵ年計画(19801985

国家コンピューターセンターは改良されたFourth Version I.C.L Computer Systemのコンピューター施設を備えた当センターの新しいビルに移転する。

*通信とVSATセクターのオぺレーションを支援するコンピューターシステム向けにハードウェアのメンテナンスと修理プログラムを強化する。

コンピューターテクノロジーに関する国内および海外における研修と教育を奨励し、その運営、管理、開発のための人材養成を図る。

セミナー、工場や事務所、展示会等を通じコンピューター利用とその有用性を広報宣伝する。

NCCに中央情報データバンク設立することに関して、フィジビリティスタディーを実施する。

コンピューター関連のプロジェクトに予算Rs3000万ルピーを割り当てる。

 

第七次5ヵ年計画(19851990

この計画の文書において、HMGはコンピューター方針を始めて明確に打ち出した。当計画書のなかで、国家コンピューターセンターの内に物理的に施設を開発するという目的は達成されたものの、全体として、NCCにおけるコンピューターシステムの利用容量と国内におけるコンピューターテクノロジーの発達は満足すべき状態にない事が明らかにされた。1985年から1990年の第七次5ヵ年計画の主目的は、国家開発を容易にする信頼性の高いデータと情報を提供する為に、最適なコンピューター技術を利用する事であった。当目的に沿った方針の主な条項は以下のようなものである。

 

国家コンピューターセンターと他のコンピューター関連機関との協力関係。

国家計画委員会の主催する高度なコンピューター開発委員会の設立。

国家コンピューターセンターを強化し、他のコンピューター関連機関間での調整を行う中心組織とする。国内に散らばったコンピューター施設を統合しこの分野における人材養成の主導的役割を担い、またコンピューターテクノロジーのプロモーション活動を主導する。

輸入と技術移転を推進し、自国でのコンピューター製作の可能性を見究めた後に適切な財政政策を実施する。 

ソフトウェアの開発と輸出に必要な施設を供給する。

 

1895年から1990年の5ヵ年に渡る第七次計画で宣言された主要なプログラムは以下のようなものである。 

 

国家コンピューターセンターの収容限度を増大させる。

国内コンピューターテクノロジー業界へ訓練された人材を供給するためNCCにコンピュータートレーニングセクターを創立する。

輸出向け、国内向け両方のソフトウェア開発。

 *国家情報センターを設立し、重要な国家データと情報を保存、処理、及び定期的な一

  般公開のためのシステムを開発する。

コンピューターテクノロジーの利用方法とその利点についての情報を拡大する。

 

二ヵ年の計画休止(1990-1992

1990年民主主義復活後、ネパールは、1990年から1992年のほぼ二年間の計画休暇に入った。

 

第八次五ヵ年計画(1992-1997

 第八次五ヵ年計画は1992年から1997年までの計画である。当計画は当初国家開発運動へ民間が参加することの重要性を考慮したものである.。政策は特に以下のふたつのエリアに焦点を絞った。

 

 1 コンピューター関連人材開発、特にソフトウェア開発・研究に求められる人材を育成する為の国家コンピューター研修センターを設立する。 

 2 王国内の各地に散らばるコンピューターセンターから重要なデータと情報を収集できるネットワークサービスと国家情報文書管理を開発する。

 

1992-1997の計画期間に設定されたプログラムは以下である。

 

*国家コンピューター訓練センターは国家コンピューターセンターの管轄下に設立される。当方針と合わせ、教育諸機関と民間のトレーニングセンターは、コンピューター研修と教育プログラムを容易に実施できるよう援助を受ける。

*国家情報センターが、政府直轄及び半官半民のコンピューター関連団体と協調しながら、NCCに設立される。

*国家コンピューターセンターの支局は各地方の適切な地区に設置され、各地域へサービスを提供する。

ソフトウェア研究開発活動を奨励する。

ハードウェアのメンテナンスと修理は各自で行うものとする。民間セクターもこれに貢献することが奨励される。

国家コンピューターセンターは政府からの助成金に関して独立独行である。

 

 

第九次五か年計画(1997-2002

王国政府はかつてのコンピューターと国家コンピューターセンター開発から情報技術開発へとその焦点を移行させ、1997年に初めて、コンピューター、通信そして放送を統合するIT情報技術方針を設定したのである。ITに関する情報技術開発趣旨、インフォメーションテクノロジーパークの戦略とプログラム、そして情報とコミュニケーション分野のインフラ開発方針は、この第九次五ヵ年計画書のなかに明確に述べられている。その方針とプログラムを以下に引用する。

 

開発趣旨:IT情報技術

「工業化と地球的規模のマーケットは拡大しつつある。いままで農業、通信、教育、厚生、社会、経済の各分野で急速な近代化の進行を見ている。国民のなかにこのような分野の技術開発の恩恵を広めるにあたり、インフォメーションテクノロジーの驚くべき発達は、国民と技術と開発という三要素を緊密に関連づけたことによってダイナミックなライフスタイルと近代化による実りを国民に認識させるのに貢献してきたのだ。通信リンクは簡単な上、比較的高価ではなくなってきた。これは小型化された通信機器の出現と導入やコンピューター容量の増大、デジタルネットワークの利用、また情報やデータ、音声認識や写真とビデオといった要素を大衆に放送し、それにコンピューターや通信が介在するという、渾然一体となった関係を構築したからなのである。通信と情報の伝達、それと近代的機器の開発(すなわち、光ファイバー、衛星、ラジオスペクトラム、圧縮技術、ADSLHDSLATM)は相互に極めて類似しかつ依存しあっているのだ。マルチメディアと言われるようなサービスは遠隔辺鄙な地域にも拡張し得るのである。

「ネパールのインフォメーションテクノロジー開発は先進諸国と較べまだ初期的段階にある。王国内で使用されているコンピューターの台数は約二万台であるが、政府のコンピューター導入状況は民間に比較して低いといえる。最近、政府および非政府系の代行者でコンピューターを導入しデータバンクの構築に乗り出しているところがある。これは日常業務を分析しかつその円滑化をはかり業務の遂行能力を強化するためだ。しかしこれらのデータは国家的レベルの代行者を通じ統括的方法で収集されていないため、私たちの共有財産として利用できないでいる。

「コンピューターの使用率の増大と標準通信ネットワークの発達、民間でのインターネットやE-メールサービスの開始、および民間でソフトウェアビジネスに対する関心が拡大しているが、これらの事実は、ネパールが経済的に可能な情報主導型の生産的社会に向かって動き始めた可能性を示すものだ。ここにIT産業はそれ自体で成立する、との見通しがある。そのひとつの理由として農業、厚生、教育といった産業セクターで多次元的開発が見込めること。もうひとつは、ITパークを設立し、全国的にインフォメーションネットワークを拡大することによって、ソフトウェア−を低価格で開発しそれを輸出することだ。第九次五ヵ年計画の政策は以下のように推進されよう。諸学校でのコンピューター教育を幅広く浸透させることである。この学校教育が基礎的土台を作り、より高度な研究と教育へと導かれ、さらに標準教育機関とITパークが設立され、かくしてコンピュータービジネスを特別に活性化するのだ。

「インフォメーションテクノロジーは国全体の開発を祝福するキーセクターとして発達するであろう。第九次計画では、政府が計画や管理にコンピューターを導入することを強調する。コンピューターとインフォメーションテクノロジーの開発の調和メカニズムが、教育、厚生、農業、金融、知的サービスといったセクターに関係する人や代行者の助けを借りて開発インフラとしてインフォメーションテクノロジーを促進するために制度化される。

「政府及び民間の一致協力で国家的データベースを構築することにより、国民にまとまった情報サービスを提供できるようなプログラムが開発されよう。インフォメーションテクノロジーの発達のために必要な熟練した人材を準備する為、教育と研修の機会は拡大されるであろう。

「教育分野においては、近代的教育システム、インターネットを使った遠隔地教育、それと遠隔僻地でのラジオ教育が拡張され実施されるべきである。厚生分野においては、健康診断とコンピューターシステムを使った診断、さらにはマルチメディアを使って経験豊かな医師による診察が受けられるよう努力すべきである。農業分野においては、地理学的情報システムを利用し、土地利用と天候に基づいた農業システム上の適切な判断が下せる技術を開発する。

「近代的コミュニケーションメディアの利用をさらに拡張し銀行取引の単純化や、商品の購入やサービス料金の支払いに、クレジットカードやATM使用を推奨しコンピューターを最大限に活用する。このようにして近代的インフォメーションテクノロジーは、環境保全に利用できるだけでなく地震、洪水、といった自然災害発生時の安全対策情報も提供することになろう。」

 

戦略とプログラム

テクノロジーパークと技術移転

 「王国政府はテクノロジーパークと技術移転開発局を設立し、民間の参加を得ながらコンピューター、ソフトウェアそして通信技術の開発を特に強調し、技術移転と国内技術を奨励する。

 

「長期的計画に基づきソフトウェア産業の発達と育成に必要な助成と強化策を実施する。

 

「第九次計画は、インフォメーションテクノロジーのニーズを解析し、民間と協力しながらインフォメーションテクノロジーの育成のためにソフトウェアの開発と輸出を奨励し、開発に必要なインフラ整備を目的として設定した。VSAT衛星のオペレーションやディストリビューションといった必要なサポートと産業知的所有権に関する法律の公布はこれを実施する。

 

長期的コンセプトと運用方針:IT情報技術インフラストラクチャー

 

「情報と通信分野は、インフォメーションテクノロジーの研究開発およびその利用と拡大を優先することによって包括的社会経済的開発のためのインフラストラクチャーとしてこれを開発させなければならない。

運用方針

「国家的情報産業のインフラを整備し、インフォメーションテクノロジーパークと情報ハイウェイなるコンセプトを導入することにより、農業、厚生、教育、ツーリズム、商業といった分野の開発を容易にする。

「情報ハイウェイコンセプトは徐々に受け入れられるという点を鑑みて、ATM(非同期式転移モード)やその他の近代的テクノロジーの機器を王国主要都市に設置し、高容量データコミュニケーションを供給する。電話インターネットやe-メールのような高付加価値通信サービスを設置し、オペレートする。」

 

 

  方針のインパクト

過去の5ヵ年計画に説明された、一時的で焦点の定まらない方針指示とプログラムは国内のITの開発にいかなるはずみをつけることもなかった。70年代の10年間に初めてコンピューター使用が人口調査に導入され、政府機関としての国家コンピューターセンターが政府組織の人材養成、インフォメーション、データ処理を目的として創設された。

1980年代においてはいかなる政府からの方針支援もなく、個人企業がコンピューターオペレーターや、ソフトウェア開発に必要とされる有能な人材の国内養成を開始した。PCはすでに市場に導入されており、ネパールから多数の学生がコンピューターサイエンスとコンピューターエンジニアリングを学ぶため米国、イギリス、インド、ソ連その他の国々を訪れた。PCとソフトウェアの輸入は等比級数的に増加し、続いてネパール市場におけるハードウェアとソフトウェアのベンダーの数が著しく増大した。政府の方針、すなわち国家コンピューターセンターで政府諸機関のすべてのコンピューター関連業務の統合を行い、また高度なコンピュータートレーニングセンターにするためNCCの強化を行うという方針が続行された。政府のこの憑かれたような中央統制化方針は民間セクターにおけるITの開発にいかなる弾みもつけることはなかった。

 

90年代初頭におけるネパールでは国内で民主改革がおこり2年間 計画休暇があった。1992年度第85ヵ年計画が公表された後、政府後援のコンピューター施設である国家コンピューターセンターは自立を求められ、人的資源の開発、国家情報バンク、ネットワークシステム開発を独力で遂行する責任を担うこととなったものの、NCCその役割を果たせず、政府のネパールにおけるIT産業の開発、管理、規制調整の野望を残したまま崩壊した。 

HMG1996年にITパーク建設のイニシアチブを取ったが当計画に対する具体的な作業は未だ始まっておらず、適切な方針ガイドラインをもってIT情報技術の開発を今後どのようにサポートしていくかの点で、政府は混乱し苦境に立たされているように見えた。

一方、政府サイドの混乱はIT関連の職業に将来的展望を見出した民間の企業家や専門家達にとってむしろ幸運であった。IT関連の中小規模のハードウェア取引が盛んに行われ始めた。

学校はコンピューターコースを選択科目としてコンピューターコースの開講をはじめた。トリブバン大学とカトマンズ大学も同じようにそれぞれより高度なコンピューター教育を開始した。数百の養成機関が形式ばらないコンピューターオペレーションに関係する職業訓練を開始したのである。最近多国に分校を持つインド人経営の訓練校もカトマンズでコンピューター専門家養成コースを開始した。

政府レベルでの不可欠で基本的なITインフラ開発と適切な法令がない中で、注目すべきなのは、インターネットE-メールサービスを大衆に提供した民間インターネットサービスプロバイダーは少なかったことである。

 

IT情報技術開発のための法規制

インフォメーションテクノロジーはコンピューターサイエンスと通信技術から派生した統合技術である。その開発と統制には法制と規定が必要とされる。ネパールには不十分な特許法は存在するが、IT技術専門家の知的財産所有権を保護するような法は存在しないことが明らかになっている。更にソフトウェア開発・取引とハードウェア開発に対する法規と共に政府がIT専門家の為に提供する特別施設も無い。

  1997年、一般の人が利用しやすく信頼性のある通信サービスの創造、民間セクターの通信サービスへの参入、またそのようなサービスの規則化とシステム化を目標に新しい通信法が制定された。当法の下でネパール通信局が国内の通信サービスの調整と運営のため創設されることとなった。民間団体が通信サービスを運営する場合、許可証を国家通信局から取得し、規定に基づいた料金を政府に支払わねばならない。参加を希望する民間団体当事者には、当局による運営能力の吟味調査のうえで最長25年の許可証が与えられるものとする。当法が制定され、当条例下の規定・法律が施行されてから、民間セクターによる通信サービスへの投資意欲増大が期待される。これは国内のIT開発を促すであろう。

 

高度IT開発委員会

ごく最近であるが19981219日に、ネパール王国政府はIT情報技術の開発と奨励によって総合的な国家開発達成を目指し、国家計画委員会(NPC)副議長を委員長に就任させ、国家情報技術開発執行委員会を形成した。(付章4‐国家情報技術開発執行委員会の設立を参照。)

当高度委員会の機能は、国内情報技術の位置付けを評価すること、IT情報技術に関する長期計画を作成すること、IT情報技術開発のための経済的技術的資源を使用可能にすること、またそのために必要な法律・方針を定め、IT開発・促進のための示唆を提案することである。

当委員会は199914日に活動開始し、NPC副議長の下、第2回会議を開催した。当会議において下記の3つの下部委員会が創立され、様々なIT技術方針を創案し政府に提案することとした。以下に下部委員会を記す。

1. NPC副議長プリシビ.ラジ.リガル氏の主宰−IT技術に関する法律及びテクノパーク開発下部委員会

 2. NPC委員シャンカー.シャーマ博士主宰−方針、施設、政府、運営および人的資源開発下部委員会

NPC委員ラメシャナンダ.バイデイヤ博士主宰−民間セクターインフラとビジネス開発下部委員会

 

下部委員会はそれぞれの特殊任務領域の中で政府機関および民間からの関連団体組織を包含する。彼らは活動を開始しており、近々、提案した方針原案を政府に提出することが計画されている。