発展を続けるアジアの電子商取引市場

(財)国際情報化協力センターシンガポール事務所 小紫 正樹

 

1.アジアのIT概観

 

情報技術(IT: Information Technology))分野は、世界的に動きの激しい分野であるが、アジアにおいてもその例外ではなく、動きは急速である。特に、アジアの情報技術(IT)分野では、IT人材確保、通信の自由化、電子商取引の普及の面での動きが激しい。アジアの各国ともITを21世紀のキー・テクノロジーとして位置付け、その振興策を採用している。

この急速な動きを包括的に捉えることは容易なことではない。ここ1−2年の動きのみを見ても、香港にて革新的に採用された通信事業の自由化政策は、シンガポールでの2000年4月1日からの通信事業の完全自由化をもたらした。シンガポール政府はこの前倒し完全通信自由化を実現するため、既に通信事業免許を取得していたシンガポール・テレコム社とスターハブ社に対し、それぞれ、8億5900万シンガポール・ドル(約540億円)、108200万シンガポール・ドル(約680億ドル)の補償金を支払うこととしており、シンガポール政府の並々ならぬ通信自由化への決意がわかる。通信事業の自由化は既に通信料金の驚異的な低減をもたらしている。他のアジア諸国も多いに刺激され、自由化に向けて動き出している。

また、電子商取引の振興のための政策枠組みについては、マレーシア、シンガポール、韓国、香港、インドが法令の整備を完成し、日本も遅ればせながら、「コンピュータ不正アクセス防止法」(1999)、「電子署名及び認証業務に関する法律」(2000)の整備により追いつたところである。19999月に事業開始した東南アジアの代表的B2B企業であるセサミ・ドット・コム社は、事業開始1年で月商5.5億シンガポール・ドル(約350億円)の取引を同社のセサミ・ネットを通じて実現するまでに急成長している。電子署名認証企業もシンガポール、マレーシア、韓国、香港においてぞくぞくと設立が進んでいる。

一方、IT人材の確保は世界的な命題となっており、米国はIT技術者向けのVISAを年間20万人発給することを決めており、ドイツも2万人のIT技術者用VISA枠を確保し、特にインドIT技術者の獲得にやっきとなっている。

また、インドのIT産業は急成長しており、1998/’99年度の売上は60.4億米ドルに達し、2008年には1,400憶米ドルに達すると予想されている。現在の日本のIT産業に匹敵する巨大なIT産業がインドに出現しようとしている。

 

表 インドのIT産業規模の推移及び予想

年度

市場規模(US億ドル)

1996-1997

38.0

1997-1996

50.3

1998-1999

60.4

1333-2000

86.0

2008

1,400

出所: NASSCOM

まさに、数ヶ月、目を離すと社会・産業界の様相がまったく変わっているが如き事態となっている。

 

2.アジアにおける電子商取引の将来

 

電子商取引関係の売上予想では、アジア各国とも大きく市場が拡大することを示している。2003年ないし2005年には、シンガポールで25億米ドル、韓国で17億米ドル、台湾で28億米ドル、の規模になることが予想されている。既存のEDI(Electronic Data Interchange)又は紙ベースの取引が電子商取引化していくものと考えられる。

表.アジア各国の電子商業取引の売上予想<単位:米ドル>

国 名

1998

1999

将来予想

 

タイ*1

-

42百万ドル

56百万ドル(2000年)

120百万ドル(2003年)

マレーシア*2

-

46百万ドル

10億米ドル(2003年)

シンガポール*3

7.5億米ドル

9億米ドル

25億米ドル

2003年)

インドネシア*4

1億ドル(2000年)

2億ドル(2001年)

5億ドル(2002年)

12億ドル(2003年)

インド*5

2.9百万ドル*5-1

1億ドル

*5-2

12億ドル(2003年)*8-3

100億ドル(2008年)*8-1

台湾*6

 

113百ル

28億ドル(2003

 

韓国

23.7百万ドル

 

17億ドル(2005年)*7

中国*8

8.1百万ドル

42百万ドル

 

 

出所:*1  タイISPクラブ

*2  エネルギー・通信マルチメヂィア省、*3 シンガポール統計局及び国家コンピュータ庁、*4 IDC*5-1  NASSCOM*5-2  インドKPMG調査会社、*5-3  IDC*6 IDC*7 Samsung Economic Research Institute *8 IDC

 

 さて、電子商取引においては、一般の消費者を対象とするB2CBusiness To Consumer)と企業間のB2B (Business To Business)に区分される。

アジアでは、B2B型の電子商取引の立ち上がりが早いと思われる。アジアでは、B2Bが中心になっていくのではないではないだろうか。

電子商取引では、当然、バイヤーとサプライヤーが存在し、これらの間をとりもつ機能として電子商取引企業が成立する。B2Cの場合にはバイヤーが一般の顧客に該当し、B2Bの場合にはバイヤーは大手の調達企業である。早期立ちあがりが可能なビジネスモデルは、大型のバイヤー中心型のB2Bネットワークである。次にB2B分野での2つのケース・スタディを見てみよう。

<ケーススタディ(1)>

典型的な例として東南アジアの代表的なSESAMi.com」社が参考になる。コラム参照。同社の特長は、シンガポール最大の企業であるシンガポール・テレコム社、シンガポール航空社及びEastman Chemical社をバイヤーとし、システム・インテグレーション企業、バイヤー自身、有力銀行、ロジ゙スチィクス企業などとの協力事業として、事業がスタートしていることである。19999月に事業開始して以来、わずか約1年で月商5.5億シンガポール・ドル(約350億円)の取引をこのネットワーク経由で実現している。なお、同電子商取引ネットワークを利用している大バイヤーであるシンガポール・テレコム社への納入企業から聞いたところ、ある日突然、シンガポール・テレコム社から、今後の機器調達はすべて「SESAMi.com」の電子商取引ネットワークを通じて実施すると言われ、否応無く対応しているとのことであった。バイヤー主体の電子商取引とは、このように否応無く発展していくものかもしれない。

 

東南アジアの代表的B2B企業「SESAMi.com」社の概要(ケース・スタディ)

<設立>

1999年9月1

 主な出資者は、NCS社(シンガポール・テレコム社の子会社)、OUB銀行、従業員持ち株、Eastman Chemical社。

<事業概要>

 B2B電子商取引に関するシステム・インテグレーション、ネットワーク提供、コンテンツ・マネジメント、データ・センターなどのすべての分野のサービスを実施している。1999年11月1日からは、シンガポール・テレコムのすべての調達を同社の「SESAMi」ネット経由で行っている。 

 2000年3月からは、Eastman社を中心に化学品の取引を開始している。

 SESAMiネットワークを通じる電子商取引の月商は5.5億シンガポール・ドル(約350億円)。顧客は現在1300社弱。1200社がサプライヤー。2万品目を取り扱っている。

<海外展開>

 全世界23の電子商取引ウエブのメンバーとなっている。インドに合弁企業、香港に100%子会社を設立している。現在、タイ、台湾、日本への事務所進出を計画中である。

今後の市場としては、台湾、中国、日本、豪州、ニュージーランドを狙っている。Commerce Oneのメンバーとなっている。

<提携関係>

・基本技術

基本システム:米国のCommerce One(e-Procurement)及びNescape(e-Direct)からの導入。

サーチエンジン:Lycosasia

ハードウエア:Compaq

・業務

コンサルティング関係:Pricewaterhouse Coopers

銀行決済関係:HDFC銀行、OUB銀行

ロジスティクス:Logistics

その他:ロゼッタ・ネットとの協力を検討中

<従業員規模及びデータ・センター>

 従業員は70名。シンガポール島内に1000平方フィートのデータ・センターを有している。24時間対応の7回線のHelpデスクと顧客サポート・サービスを行っている。

 

<ケーススタディ(2)>

B2Bの分野では、アジアに製造業分野で大きく展開している日系企業の動きに左右される。アジアでの日系製造業のプレゼンスは高い。アジアに展開している日系製造業は、家電を中心にアッセンブル型の事業形態であり、部品や部分品を外部から調達して、それを、自社工場で組み立てる形態の事業が多くなっている。事業コストに占める部品の外部調達比率は、2分の1をはるかに超えるほどの意外に思うほどの高率になっており、アジアに工場を展開している日系製造企業の調達額合計は膨大な金額となっている。今後、この外部調達コストを低減する観点からB2Bに大きな需要が出てくるであろう。

特に、日本のある大手家電企業では、Web電子商取引を全グループに展開するとともに、東南アジアの下請け企業1600社へも展開する計画を進めている。日本の家電大手の東南アジアでの調達の影響力には多大なものがあると思う。シンガポール、マレーシア、タイ、フィリピンなどを中心に予想以上のスピードで電子商取引は進展すると考えられる。この動きは、これまで情報化に遅れてきたアジアの中堅・中小企業に対し、大きなインパクトをもたらすと思われる。日系企業は、アジアでは巨大なバイヤーであり、この巨大なバイヤーが電子商取引の採用に動けば、アジアのB2B市場は花開くこととなるであろう。なお、電子商取引の発展と電子商取引企業の発展は、同義語ではない。将来の電子商取引ネットワークの機能を、ネットワーク企業が持つのか、バイヤー自身又はサプライヤーグループが持つのかは、今のところ見えてきていない。

 

<日米の電子商取引市場のアジアへの影響>

さて、次表は、1999年7月に日本の通産省とアンダーセンコンサルティングが共同で調査取りまとめた結果である。日本と米国の電子商取引市場の動向を比較している。例えば、日本のB-C市場は現在650億円である。( )内は、全取引に占める電子商取引の割合である。これは、002%。2003年には日本の電子商取引市場は70兆円を越えるというものである。

.  電子商取引市場の日米比較       (単位:兆円)

 

日本

米国

 

1998

2003

1998

2003

B to C

0.065

(0.02%)

3.16

(1%)

2.25

(0.4%)

21.32

(3.2%)

B to B

8.62

(1.5%)

68.4

(11.2%)

19.5

(2.5%)

165.3

(19.1%)

合計

8.69

71.56

21.75

186.62

出所:通産省・アンダーセンコンサルティング調査(1999.3)

   (  )内は、当該全取引に占める電子商取引の割合

 さて、前述の日本の電子商取引市場とアジアの同市場の将来予想を比較すると、いくつかのことがわかる。

 まず、日本と他のアジア諸国の電子商取引市場は、これから拡大していくであろう規模の大きさがケタが違うというものである。米国と日本の市場は格段に大きい。特に日本の伸び率が注目される。今後、3年間程度、世界でもっともエキサイチィングな市場は、日本ではないであろうか。今後、少なくとも、数年間のアジアの電子商取引は、何らかの意味で、日本を中心に動いていくと考えて間違いはない。

  例えば、この分野で技術をもったアジアの技術ベンチャー企業が、日本市場を対象に活動したり、日本市場を対象にアジア製品を販売したり、日本で発生した新しい技術をアジアに展開することが生じてこよう。

 

.電子商取引の推進のための政策枠組みの整備 

 

アジア各国のIT政策担当部局では、電子商取引の振興のためには法的環境整備が不可欠として、その整備に多大の努力を傾注している。この分野において、やや遅れ気味であった日本も「コンピュータ不正アクセス防止法」、「電子署名及び認証業務に関する法律」の成立により、体制が整ったといえる。電子商取引振興のための法制度整備の中核である電子署名に関しては、マレーシア、シンガポール、韓国、インド、香港が既に法律を整備しており、タイが国会審議中である。次表参照。

 各国の電子商取引関係法体系は、それぞれ異なるものの、共通的に次の事項が規定されている。

i)                 電子媒体による文書及びデジタル署名に対し、これまでの紙ベースのものと同等の法的有効性を与えること。

ii)              不正にコンピュータにアクセスすることを犯罪とすること。

iii)          電子署名の認証局に関すること。

 

. アジア各国における電子商取引の推進のための政策枠組みの整備状況

国名

政策枠組みの整備状況

マレーシア

サイバー5法案成立(コンピュータ犯罪法、電子署名法、知的所有権法、遠隔医療法、通信・マルチメヂィア融合法)

2法案(電子政府法、データ保護法)が策定中

認証局事業者1社

シンガポール

電子商取引法・規則公布施行(1999年)

認証局事業者2社

タイ

電子商取引マスター・プラン作成中

3法案(電子商業取引法、電子署名法、電子資金移動法)が国会審議中

フィリピン

電子商取引法成立(2000.6

インド

サイバー法(Information technology Bill1999)国会承認(2000.5)

韓国

電子商取引法施行(1999.7

香港

電子商取引条例(2000.1)

台湾

E-Commerce推進4カ年計画(1998-2001

日本

コンピュータ不正アクセス防止法(1999)、電子署名及び認証業務に関する法律(2001.4)

法制度の整備により、まず、シンガポールを中心に電子商業取引が離陸しようとしている。

 

4.アジアでの電子署名認証企業の状況と将来

 

 アジアでは、次の表のように、既に政府系が中心となって、電子署名の認証企業が現れている。しかしながら、前述したように、日本以外のアジアでは、電子ネットワーク上での取引を行っているユーザ数が限られているためB2Cはなかなか立ちあがらなく、また、B2Bについては規模のまとまった取引は双方が良く知った相手方との取引であり、その場合に電子署名の認証が必要となるような取引の比率は少ないと考えられること等から、この電子署名認証事業がビジネスとして確立するには時間がかかるであろう。

 

. アジアにおける主な電子署名認証企業の状況

 

国名

企業名

概要

シンガポール

NETRUST社

1997年半ば設立。政府(51)、民間銀行団49%)が出資。顧客数約13万人。主な顧客は、政府職員及びNTUC(全国労働組合連合)。電子署名機能、銀行カード機能、ロイアリティ・カード機能等の各種カードを発行。

 

ID.Safe社

1999年にCISCO社(シンガポールのセキュリティ会社)とシンガポール・ポストにより設立。

マレーシア

Digicert社

1998.12設立。マレーシア郵便、MIMOS(電子技術の研究所)などが出資。

韓国

KICAKorea Information Certification Authority

2000.4.事業開始。SKテレコム、韓国テレコム、ダイウなど22社が出資。従業員は約30名。韓国の認証会社は、他に2社。

香港

香港POST社

2000.1事業開始。

 

 東南アジアで最初の電子署名認証企業であるシンガポールNetrust社は、政府及び政府系組織の支援を受けてビジネスを展開しているが、電子署名認証業務のみでは経営的に難しい模様であり、各種の多様カードを発行するなど、認証以外の業務へも業務拡大を図っている。

 

. 東南アジア最初の電子署名認証企業「Netrust」社の状況(ケース・スタディ)

NETRUST社の概況>

シンガポール初の電子署名認証局。

a.      設立:1997年半ば

b.      主要株主:NCB(当時。現在IDAInfocomm Development Authority:情報通信庁)51%、NETS(銀行団)49

c.       主な業務内容:電子署名の認証(CA)業務

d.      資本金:600Sドル(1999年末現在)*設立当初は、400Sドル

e.       近況

(i)                 政府職員向けに65,000枚のスマート・カードを発行。本カードの機能は、入出管理、健康情報記録、キャッシュ・カード機能である。交渉の結果、料金は年間、1枚約2Sドル。

(ii)               NTUC(労働組合連合)メンバー向けに65,000枚のカード。150,000人が申し込みを行っており、現在、配布中。なお、NTUCの全メンバーは、500,000人。

料金は、年間、個人6Sドル、法人25Sドル。

機能は、電子署名機能、銀行カード機能、Loyaltyカード機能。

    電子署名機能を利用するインターネット上の商店の料金は、年間、1000Sドル。現在、40社が加入。

 

5. アジアのインターネット市場の拡大

 

次の表は、アジア諸国のインターネットの普及状況をまとめたものである。アジアのインターネット普及は急拡大しており、昨今のアジアの通貨危機にもかかわらず、普及にブレーキがかかっていない。

  2000年7月のシンガポールのインターネットユーザは184.79万人に達している。昨年末のスターハブ・インターネット社のインターネット無料戦略以来、大きく動いている。人口一人当たりのインターネットユーザ数は、日本よりも多いのが実情である。

他のアセアン各国も今後急速にインターネットが普及しようとしている。

 こうして、各国をならべてみると、図抜けて目立つのは、やはり日本である。

 日本のインターネット普及は爆発的ともいえるくらいの急激に拡大しており、2000年4月時点で1700万人に達しているといわれている。今後、4〜5年を見たときに、アジアで一番エキサイチィングな市場は、確実に日本であろう。日本でインターネット関係のいろいろなビジネスが興ってくるであろう。

 

. アジア主要国のインターネットの拡大状況

国名

現状のユーザ数(万人)

将来予想(2003)

シンガポール

184.792000.7

n.a.

マレーシア

34.5(1998.8)

190

タイ

44-55(1999.6)

150

フィリピン

10(1997)

110

インドネシア

30(1998)

150

ベトナム

2(1999.5)

40

ラオス

0.05(1999.5)

n.a.

インド*1

77(2000.3)

880

中国

118(1998.6)

1,610

韓国

1500(2000.5)

n.a.

香港

212(2000.3)

300

台湾

130(1999)

440

日本*2

1,700(2000.4)

4,000(2008)

出所:「現状」及び「日本の将来予想」は、(財)国際情報化協力センターまとめ

日本以外の「将来予想」は、特にコメントない限りゴールドマン・サックス投資研究所

       *1 NASSCOM。 *2日本はISP加入者数。

 

また、インターネット・サービス・プロバイダー(ISP)事業に関するアジア各国政府の参入規制は、自由化の方向であり、日本、台湾、フィリピン、インド、日本などは100社以上のISPが認可されている。

表2.ISP及び政府による参入規制の状況

国 名

ISP数(認可ベース)

政府による参入規制

日本

1000社以上

自由

シンガポール

6社

自由

香港

130社以上

自由

マレーシア

7社

規制

インド

170

1999.5.自由化

フィリピン

150社以上

自由

タイ

18

2000.10自由化予定

ベトナム

5社

規制

カンボジア

2社

-

ラオス

2社

-

出所:記事情報などからCICC取りまとめ

 

(以上)