1. 情報産業の歴史及び現状

 ミャンマーの情報技術産業は、正に、発展の初期段階にある。

 ミャンマー最初のメインフレーム(ICL1902) は、1973年に大学コンピュータセンターに設置された。ミャンマーでのコンピュータ教育はこの環境下で開始された。多くの政府機関が自身の業務のためにコンピュータシステムを導入している。例えば、森林省、センサス局、中央統計機関、港管理局、電力公社、気象庁、第一工業省、通信省、国防省、大蔵省等。

 IBM HPDEC 等のミニコンピュータが、各種の業務のために導入されている。例えば、森林資源調査、センサス、国家社会経済データベース、費用請求等。政府機関のほとんどのコンピュータ・プロジェクトは国際機関により資金援助されたものである。

 1988年以前は計画経済体制であり、民間企業は、石油ガス探査採掘会社を例外にして、コンピュータ化が進まなかった。 

 パソコンは、1983年以降、輸入が可能となった。少数のIBM 、アップル、NEC 及びIBM コンパチ機が輸入された。

 1988年以降、ミャンマーはその経済体制を自由経済型に変更し、民間部門の役割が重要となり、技術移転が早くなされるようになった。しかし、ミャンマーの経済社会情勢の変化は情報技術の世界での動きを必ずしも反映していない。

 ミャンマーの民間コンピュータ関連企業及び研修スクールは、コンピュータ研修、パソコン及び同部品販売、ハードウエア設置作業及びサービス機能を開始している。ほとんどの活動がヤンゴンに集中しており、ほんの少社がマンダレーにも存在する。機器はパソコンであり、応用ソフトウエアはテーラー・メイドである。スタンドアロン型及びLAN 型がある。すべてのハードウエア及びソフトウエアは、主にシンガポール及びマレーシアからの輸入である。一部、日本、台湾、韓国からの輸入がある。推定輸入パソコン数は、累計10万台弱、ほとんどがクローン機である。この間、数台のミニコンが政府及び民間業務にために輸入された。多くのパソコン・サーバーが、ホテル、銀行やLAN 応用システム用に輸入されている。外国コンピュータ製造企業の事務所や工場は無い。

96年末現在で49社のパソコン輸入販売企業があり、93年以降はローカルに組み立てを行うものが主流となっているが、月間販売台数が精々数十台という規模であるから、組み立てラインといっても机一つに計測機が置いてある程度の簡単な「作業場」が各販売店に置かれているだけである。

ブランドものとしてはAppleCOMPAQが有力である。修理の簡便性という観点からデスクトップ型がほとんどであり、ラップトップはまだほとんど見られない。Appleは米国内での不買運動の圧力等を受けて1995年10月にミャンマー市場から撤退するとの発表を行った。プリンターとしてはレーザー式が60%、インクジェット式が15%、ドットマトリックス式が25%となっており、HPCANONEPSONがそれぞれの分野での有力ブランドとなっている。周辺機器としては3.5インチのフロッピーディスク装置がその大部分を占める。

 

民間会社KMDのパソコン組立室。月産20台程度の組立と修理を行っている。

ミャンマー全体では49社の販売会社があり、その年間販売台数は96年で約12、000台程度。

 

表7 ミャンマーのコンピュータ(ハードウェア)販売企業

業態

会社数

コンピュータ本体の販売(PC)

40社

 

コンピュータ本体の販売(Apple)

4社

プリンター販売

2社

周辺機器販売

3社

販売会社合計

49社

(出所)現地業界誌"Computer Journal"誌の推計による。1996年調査。

 

 

ソフトウエアについては、著作権法は未だ制定されていない。ミャンマーでの情報技術の発展のためには、今後、著作権法が必要となってこよう。

 事務所システムでは、マイクロソフトのウインドウズやオフィスが一般的である。地元で開発された銀行、ホテル、スーパーマーケット、会計処理、在庫管理、給与計算、請求書、職員履歴管理及び経営システムが増大している。

 

ソフトウェア企業と呼べるものはまだ10数社しかない。大部分は銀行およびホテル用のアプリケーションソフトを作成している企業であり、一部には外国の企業向けにソフトウェア開発の下請けを行っている企業も出始めているようだ。