1. ミャンマー連邦(Union of Myanmar)の概要

 

(1)面積・人口

i.面積 67.7 平方Km( 日本の1.8 )

 ii. 人口 4,640万人、

   a. 年間人口増加率 1.84%(推定)

   b. 識字率 83% ( タイ93% 、マレーシア78%) (95)

 

(2)国内総生産

 i.GDP:1 675 22百万チャット

 ii.1人当たりGDP: 36,104 チャット、ドル換算推定 270 406 ドル

iii.産業構成: 一次産業58.7% 、二次産業10.7% 、三次産業30.6%

 

(3)貿易

 輸出:10 400 万ドル

  主要輸出品目: 農産物36.1%(豆類、米等)

         林産物23.7%(チーク加工品、堅木製品等)

         水産物11.4%(天然エビ、魚等)

 輸出相手先: インド、シンガポール、タイ、中国、香港、日本

輸入:22 4200万ドル

主要輸入品目: 資本財49.1%(輸送機器、機械設備、建設資材等)

         消費財35.5%(食用油、ミルク、香辛料等)

         中間財15.5%(原材料、部品等)

  輸入相手先: シンガポール、日本、タイ、中国、マレーシア、韓国

貿易収支: マイナス123800万ドル

 

(4)外国投資

 i.累積投資認可額(1988.11-1998.7) 707400万ドル(307)

  国別 1 位 シンガポール 14 8900万ドル(67 )

     2 位 英国     13 5300万ドル(33 )

     3 位 タイ     12 4200万ドル(43 )

     ....

     9 位 日本     2 1900万ドル(19 )

 

 

(5)最近の国内経済指標

1991fy 1992fy 1993fy 1994fy 1995fy 1996fy 1997fy

 名目GDP(10億チャット)

187 249 360 473 605 791 1,068

  実質経済成長率(%) -0.6 9.7 6.0 7.5 6.9 6.4 4.6

 消費者物価上昇率(%)  32.3  21.9  31.8 24.1 25.2 16.3 29.7

 財政収支 (GDP 比、%)-6.6  -4.8 -4.3 -6.2 -6.4 -6.5 -6.1

 

(6)日本の政府援助の状況

 1988から、緊急的・人道的援助案件以外については、新規援助は原則停止していたが、

1995年のアウン・サン・スー・チー女史の自宅軟禁解除を評価して既往継続案件や基礎生活分野の案件を中心にケース・バイ・ケースで対応することとなっている。

 1995年には「看護大学拡充計画」(16.25億円) 、「食料増産援助」(10 億円) の無償援

助実施。1998年にも「食料増産援助」(8億円) を実施予定。

 有償資金協力は、工事途中で停止されていた「ヤンゴン国際空港拡充計画」の25億円規模の工事を再開することを1998.3. にミャンマー側に通報したところ。

 

(7)経済概況

 ネ・ウィン政権の下で26年間(1962ー88年)にわたり、閉鎖的な、農業を中心とする自給自足的な「ビルマ式社会主義」が続けられてきたが、1988年経済的破綻等を背景に民主化要求の騒乱が発生し、国内が混乱上状態に陥る中で国軍によるクーデターが発生。以来「国家法律秩序回復委員会」(SLORC)による軍政が開始された。軍政の下では政治的には野党党首アウンサン・スーチー女史の自宅軟禁(89年)、総選挙結果を無視した民政移管の拒否(90年)といった強硬路線がとられているが、経済政策の面では、社会主義経済体制の放棄、市場指向経済への移行が宣言され、実際多数の分野で株式会社の設立が進んでいる。96年時点では雇用者総数の10%程度が私企業によって雇用されるまでになった。また騒動直後の88年11月には外国投資法が制定され、外国資本の投資受け入れが可能となった。この結果89、90年には欧米から石油ガス関連の投資が活発に行われた。しかし近年は米国を中心とする先進諸国が人権問題への反発から投資、貿易、援助を手控える中で、シンガポール、タイなど周辺アジア諸国からの投資が活発化しており、ホテル、流通、エアラインなどの分野で特に活発である。