シンガポールの産業技術政策
2006年6月
目 次
シンガポールは優れた公共交通網で知られた、ASEAN地域に位置するハイテク都市国家である。通常数分から最高でも45分程度で島内のあらゆる場所に移動できる。シンガポールはマレーシア南端のジョホールバルと2つの道路で結ばれた本島と50余りの小島から成る。主要産業として電子、化学、金融サービス、石油採掘設備、石油精製、ゴム加工とゴム製品、加工食品・飲料、船舶修理、中継貿易、バイオテクノロジーなどが挙げられる。シンガポールの人件費は世界の先進国の水準にあり、もはや人件費はシンガポールの優位性にはなっていない。こうした中、シンガポールは労働集約的産業から知識集約型産業への構造転換を喫緊の課題として政策を実施している。サイエンス・パークの開発、電子政府化、安全快適な住環境といったものに加え、基礎となる人材資源が最大の競争力かもしれない。国民の約94%が読み書きでき、また、約56%の人間が英語と母国語(中国語、マレー語、タミル語など)の2カ国語を操る労働力は、今後のグローバルビジネスの中心を担う可能性を持っている。
国土面積、人口、資源に乏しいシンガポールは、特に大胆なIT政策を推進することによって、物流ハブ機能の充実、IT産業の振興、高度な教育機関の育成に取り組むとともに、企業誘致政策や海外人材の招聘などを実現してきた。
シンガポールは若い、小さい国であるために人材不足、実績不足の問題を抱えていた。「自由で民主的な国か」についても多少疑問が残る。しかし、若い、小さい国は小回りの利く、柔軟性のある、進取の気性に富む、ダイナミックな場所にもなり得るユニークな国である。初代首相リー・クヮンユー氏の下、近代国家の仲間入りを果たしたシンガポールは、2代目ゴー・チョクトン首相を経て、2004年8月に第3代首相リー・シェンロン氏にバトンタッチされた。優秀な指導者の下で、産業技術政策の企画立案・実施についても、そのユニークさは成功していると思われる。
本報告書は、こうしたシンガポールの産業技術の動向についてまとめたものである。
シンガポールは日本とは異なる都市国家であり、その政策がそのまま日本の政策展開に活用できるものではないが、合理的な政策に基づきつつも、懸命にASEANの牽引車役を担おうとする姿勢が、日本にとって良い参考になることを祈念する。また、ASEAN地域等との経済連携を進める日本にとって、IT分野での協力事業の企画立案に資することができれば、幸いである。
(文責:山内 徹)
図1.1 シンガポールの地図
(出典:CIA The World Fact book 2002)
シンガポールは、マレーシアとインドネシアの間に位置するシンガポール本島と周辺の63の島々からなる共和国である。赤道から約1度北にあり、国土面積は699.4平方キロメートルである。
気候は熱帯性で、年間のほとんどの時期が暖かく湿度が高い。平均最低気温、26.8度、平均最高気温は、30.9度である。雨季は、12月から3月と6月から9月の年2回ある。
シンガポールは新しい国である。1959年、英国より自治権を獲得し、自治州となった後、1963年、マレーシア成立に伴い、その一州として参加。その後、1965年8月9日、マレーシアより分離、シンガポール共和国として独立した。隣国マレーシア南端のジョホールバル州とは、二つの橋でつながっており、シンガポールで働くマレーシア人を中心に、毎日10万人規模の人間が両国を行き来している。
2005年時点の人口は 435万人である。その内、シンガポール人・永住権保有者が355万人であり、残りは在留外国人である。また、人種構成は、中国系(76.5%)、マレー系(13.8%)、インド系(8.1%)、その他(1.6%)となる多民族国家であり、宗教も、仏教(42.5%)、道教(8.5%)、イスラム教(14.9%)、キリスト教(14.6%)、ヒンドゥー教(4.0%)等、多様である。近年、出生率(15-44歳までの合計特殊出生率)が大幅に低下し、世界最低水準となっている。2005年の出生率は1.24である。特に中国系に限った場合は、1.17までにも低下しており、大きな社会問題となっている。
2004年の調査によれば、15歳以上の一般識字率は94.6%で、2か国以上の言語を話せる国民は57.8%となっている。国語はマレー語であるが、行政、ビジネス、教育等、実際の生活面には公用語である英語が使用されている。その他の公用語は中国語(北京語)、タミル語である。英語と母国語(マザータン)の習得が義務づけられており、国民全体に対するバイリンガル教育を行っている。
共和制国家であり、議会制が採用されている。国家元首としては、ナザン大統領が、2005年8月に再選されたところであるが、大統領は国民、国家統合の象徴的存在にすぎない。実際の政策運営は、建国以来続いているPAP(人民行動党)の単独政権が担っている。2004年8月には14年ぶりに首相が交代し、建国の父であるリー・クワンユー元首相の子息であるリー・シェンロン氏が第3代目の首相に就任した。初代首相のリー・クワンユー氏は顧問相、第2代首相のゴー・チョクトン前首相は上級相として閣内にとどまり新首相を支える布陣となっている
主要産業は、製造業(エレクトロニクス、輸送機械、石油製品、金属製品)、商業、金融業であり、また、主要輸出品目は、電気・電子製品、石油関連製品、通信・音響機器、化学製品、主要輸入品目は、電気・電子部品、原油、化学品となっている。
最近の経済概況については、2003年に新型肺炎の影響による景気の悪化を完全に立ち直り、2004年の実質GDP成長率が前年比8.4%と、大きく回復している。モノ、サービスともに輸出が好調で、外需は前年比19.6%と拡大した。内需の伸びもプラスに転換(11.6%)し、景気回復や雇用状況の改善などを背景に民間消費が8.6%増加したほか、総固定資本形成も、民間部門の設備投資の回復により4年ぶりにプラスに転じた(8.4%増)。
産業部門別には、長年マイナス成長が続く建設業を除き、各部門とも前年実績を上回る高成長を達成した。特に、製造業部門(13.9%増)では、バイオメディカル製品の生産増加(25.7増)が部門全体の成長を牽引した。一方、サービス業部門も、7.5%増となった。
2005年の経済は、バイオメディカルの生産の減少により、第一四半期の成長率は大きく減少したものの、好調なモノ、サービスの輸出、世界的なエレクトロニクス需要の持ち直しなどを背景にに、第二四半期の成長率(5.2%)、第三四半期の成長率(7.2%)と堅調な経済成長が持続した。政府は、2005年11月、通年の実質GDP成長率予測値を「3.5〜4.5%」(8月)から「5.0%」に上方修正したが、2006年1月には第四四半期の成長が一段と加速するとの見通しを示した上で(7.7%、推定値)、通年見通し「5.7%」に引き上げた。
他方、家計の状況については、2005年6月発表の「家計調査2002〜03」によると、2003年の平均月収が4,876シンガポールドルに達し、1998年から年1.1%の割合で上昇したことが判明した。これは、日本円換算すると、月収約31.7万円であり、国民全体の生活水準は向上している。
2004年の労働人口は218万人である。失業率については、1990年代には2〜3%台という低い値を維持していたが、2003年のSARSの影響で、過去17年間で最高の失業率を記録した。すなわち2003年9月の失業率は5.5%と、6月の4.6%から上昇した。2004年には、景気回復を受けた失業率低下が見られた。(3月:4.5%、6月:4.3%、9月:3.6%、12月:3.7%)
労働賃金については、政府(人材開発省)、雇用主グループ(全国経営者連盟: SNEF)、全国労働組合会議(NTUC)の三者で構成される全国賃金審議会(NWC)が、長期的な経済の観点に立って賃金政策についてガイドラインを作成し、政府に勧告を行う仕組みとなっている。勧告案には法的拘束力はないものの労使交渉の基本路線としての影響力を持つ。また、中央積立基金(CPF)が存在し、全従業員とその雇用主が給与の一定の割合を積み立てている。
シンガポールの労働事情の特徴は、@女性の就業率が高いこと、A外国人労働者の受入れが進んでいることである。女性の就業率は、2004年で54.2%と高い値を示しており、増大傾向にある。結婚後も働く女性が多く、女性にとって働きやすい国であると言えよう。
外国人の労働ビザも比較的取得しやすい。2004年7月実施の移民法改正で外国人向け労働ビザ(エンプロイメントパス)のカテゴリーに「Sパス」が新設された。高学歴を有する専門職、管理職、投資家などに発行される「Pパス」(月収3,501Sシンガポールドル以上)、原則として4年制大卒、または専門的資格や技術を有し月収2,501Sシンガポールドル以上の人に与えられる「Q1パス」、月収1,801Sシンガポールドル以上で学歴、専門技能、職業の経験年数などのポイント制で発給が決定される「Sパス」の3種類が存在する。
シンガポールは、2003年から義務教育制を導入したが、従前より、小学校は6年、中学校は4年若しくは5年になっている。小学校4年次において、試験が行われ、成績により、三つのレベルに振り分けられる。また、小学校の卒業試験(PSLE:
Primary School Leaving Examination)があり、この結果により、4年間の進学コースに行くか、5年の普通コースに行くかが決まる。また、中学5年進級時、中学校卒業時、ジュニアカレッジ卒業時にも、進級・進学のための資格試験(GCE: General Certificate
of Education)を受ける必要がある。進学コースの生徒は、中学校卒業時にジュニアカレッジ(通常2年間)に進学して大学を目指すか、技術専門学校(ポリテクニク)(通常3年間)に進学するか、又は技術教育研修所(ITE:Institute of
Technical Education)に行くかを選択する。ジュニアカレッジとポリテクニクへの進学率は、それぞれ約25%と40%である。
シンガポールは幼少期からの競争社会であり、一部に暗い影を落とすが、小国家を牽引するリーダーの育成において、有効に機能してきている。また、学校施設を有効に利用するために、午前部と午後部が存在するなどユニークな仕組みがある。
高等教育機関としては、3大学(シンガポール国立大学、ナンヤン工科大学、シンガポール経営大学)がある。このうちシンガポール経営大学は数年前に設立された私立大学であり、2005年6月、市の中心地であるシティホール近辺にキャンパスを移転したところである。また、シンガポール独自のものとして、5つの技術専門学校(ポリテクニク)が存在しており、技術者の育成を担っている。
図表 1-3 シンガポールの高等教育機関一覧
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名称(略称) |
設立年 |
卒業生数(人) |
|
国立シンガポール大学(NUS) ナンヤン工科大学(NTU) シンガポール経営大学(SMU) |
1980 1991 2000 |
5,858
4,067
240 |
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シンガポール・ポリテクニク ニーアン・ポリテクニク テマセック・ポリテクニク ナンヤン・ポリテクニク リパブリック・ポリテクニク |
1954 1963 1990 1992 2002 |
4,504 4,289 4,102 3,939 - |
(注)2004年度ベース。フルタイムコースのみの学生数。大学は学士過程のみ集計。
出所:”Singapore
Facts and Picture 2002”, “Singapore
Yearbook 2004”
“Education Statistics Digest 2004”
なお、男子に対しては、2年間のNational Service(兵役)が義務づけられている。例えば、ポリテクニクで最新技術を学んだ後に、2年のブランクが発生する。ITをはじめとする日進月歩の技術分野においては、この空白が大きな問題となっている。この対応策として、いわゆるe-Learningが活用されている。
シンガポールのメディアは、日刊紙、テレビ、ラジオ、各種出版物となっており、地元新聞としては、日刊紙10紙が合計150万部発行されている。
テレビ放送局は2局 (MediaCorp、SPH
MediaWorks)の体制であったが、2004年12月、主要紙を発行するシンガポール・プレス・ホールディングスのテレビ事業が不振のため、国営放送会社メディアコープのテレビ事業と統合されることが発表された。2005年3月、両社はテレビ事業を行なう新会社メディアコープTVホールディングスを設立し、SPHの放送子会社SPHメディアワークス(チャンネルU、チャンネルi)と、メディアコープ傘下のメディアコープTV(チャンネル5、チャンネル8など)を統合した。メディアコープTVホールディングスへの出資比率は、SPHが20%、メディアコープが80%である。
ラジオについては、6つの放送局 (MediaCorp Radio、UnionWorks、SAFRA Radio、National Arts Council、Rediffusion、及び BBC World Service)がある。
その他、スターハブ(StarHub)が運営するケーブルテレビも普及している。
ここ数年、両国間には大きな懸案はなく、要人の往来も活発で、二国間関係は極めて良好な状態にある。1970年代後半以降の工業化推進の過程では、多くの分野において我が国の経験が参考とされた。現在、先進国となったシンガポールとの間では、日・シンガポール経済連携や日・シンガポール・パートナーシップ・プログラム(JSPP21)等、先駆的な取組が行われている。
我が国は、シンガポールにとって重要な貿易相手である。2004年の輸出入総額は対前年比12.0%増の242億シンガポールドルであり、マレーシア、米国に次ぎ第3位の貿易相手国となっている。貿易収支は、一貫してシンガポール側の赤字となっているが、両国間の懸案事項とはなっていない。
投資関係では、2004年の我が国からの製造業投資は、対前年比14.1%減の11.6億シンガポールドルである。また、東南アジアにおいて活動する多くの日系企業にとってシンガポールは、東南アジアでのビジネスの統括拠点としての役割を担っている。
両国の間には、外交上、以下の協力の枠組みがある。
(1) 日本・シンガポール新時代経済連携協定
(Japan-Singapore
Economic Agreement for a New Age Partnership (JSEPA))
2002年1月、小泉総理のシンガポール訪問の際、ゴー・チョクトン首相との間で協定に署名。2002年11月30日に発効した。本協定は、我が国にとって初めての経済連携協定であり、貿易・投資のみならず、サービス、投資、人の移動、電子商取引関連制度分野を含む包括的な二国間の経済連携に取り組んでいる。
(2)
JSPP21(Japan-Singapore Partnership Programme for 21st
Century)
「21世紀のための日本・シンガポール・パートナーシップ・プログラム」
シンガポールは、経済協力の卒業国であり、自ら他国への技術協力の実績を有しているため、従来の南南協力とは異なり、我が国とのイコール・パートナーシップに基づき共同して発展途上国支援を行っている。
2002年1月1日、シンガポール政府における産業技術政策の中心的組織である国家科学技術庁(National Science and
Technology Board、略称NSTB)の名称変更・組織改正が実施された。新しい機関名は、科学技術研究庁(Agency
for Science, Technology and Research、略称A*STAR)である。また、A*STARの設立とともに、貿易開発庁(Trade
Development Board、略称TDB)と生産性・企画庁(Productivity
and Standard Board、略称PSB)の名称変更・組織改正も行われた。TDBは貿易関係の業務を、また、PSBは、標準及び中小企業関係の業務を担当してきている。2002年4月1日に改正が行われ、中小企業支援の国際関係業務がTDBに移管された。また、名称もTDBがIE Singapore、PSBがSPRINGとなった。
NSTBは、2000年までは、企画、新規事業、技術インフラ、ファイナンス・投資、マンパワー・国際連携という、横割的な組織構成であったが、2001年の改正において、政策・管理部と2つの研究評議会、生物医学研究評議会(BMRC)と科学・工学研究評議会(SERC)、という3部構成に再編されていた。2002年の改正では、この1部2評議会構成に加え、新たに、開発技術の商用化を担当する、Exploit
Technologies社(ET社)(「技術開発社」を意味する)が組織された。
A*STARの2つの研究評議会は、基礎研究から応用研究までを対象に、民間部門の研究開発部門、公立の研究機関・研究所、大学・ポリテクニックの間の調整と監督を行う。また、研究に関する提案を評価し、優先順位やニーズなどを判断するとともに、シンガポールの研究機関に対する研究資金の支援等を実施する。
ET社は、NSTBの子会社であったNSTB
Holdingsが名称変更された、研究成果を商用化するための会社である。シンガポール・テクノロジー・エンジニアリング社(ST
Engineering社)の社長として同社を、60億シンガポールドル規模を誇る国際的企業に発展させた腕を買われたブーン・スワン・フー氏がET社の社長に就任した。これまで、NSTBは、サイエンス・パーク(ハイテク産業誘致地区)の運営、ベンチャー企業への出資等の機能を持つ子会社を傘下に抱えていた他、NSTBが管轄する研究機関が生み出す特許等の知的所有権を活用し、これを商用化することを使命としていた。しかし、NSTBは多額の研究資金を投入してきたものの、その商用化については必ずしも熱心ではなかった。今回のNSTBからA*STARへの組織変更は、研究資金の投入のみならず、技術の利用と新規産業の育成に力を入れようとするシンガポール政府の姿勢を表し、フー社長の下、技術を開発するだけでなく、開発した技術を知的財産権で保護し、事業化・商用化することを目標にしている。
さらに、2004年10月には、シンガポールにとっての研究開発戦略と方向性を検討するための閣僚レベルの研究開発委員会が設立された。同委員会はトニー・タン副首相が議長を務め、貿易産業相、国防相、教育相、人的資源相の4人の大臣が委員となった。同委員会の活動は、貿易産業省、教育省、シンガポール国立大学(NUS)、ナンヤン工科大学(NTU)、A*STAR 及び防衛科学技術庁 (DSTA)などの協力を得る。研究開発委員会は、シンガポールにおけるR&Dの現状を調べ、人口が少ないというシンガポールの状況を踏まえつつ、長期的な経済競争力の観点からシンガポールがどのようにすれば研究開発活動を組織し、維持していけるかについての提言を2005年に完成させた。
図2.1 科学技術研究庁組織図
(出典: 2006年A*STAR Webサイトを基に作成)
シンガポールの産業技術関連機関は複数あるが、中心的な機関はA*STARである。海外の研究機関との提携も積極的に進めており、2004年10月20日には、日本の独立行政法人産業技術総合研究所(産総研)と、情報通信分野、ライフサイエンス分野などにおける、人的交流、情報交換、ワークショップの開催、共同研究などを目的とする研究協力協定を締結した。
A*STARの長官は、フィリップ・ヨー氏である。ヨー氏はエンジニアの出身であるが、ハーバード大学で経営学修士号(MBA)を取得した。防衛関係や経済開発局(EDB)局長を経て、現在EDBのCo-Chairmanである。シンガポールはリー・クヮンユー元首相の統治スタイルに象徴されるように、上意下達、トップ・ダウンで事が運ばれる国であるが、ヨー氏も有能な若手のブレーンを抱え、彼らからの情報を自分で取捨選択し、科学技術分野での国家の枢軸となる政策を自ら考案し、実践に移すよう指示する。また、海外からの著名なサイエンティストを招聘し、税制を優遇していくつもの外国企業を誘致してきた。同氏は、かなりの勉強家で必要な分野に関する知識を書籍類から学ぶのみならず、その分野の専門家から直接講義を受けてもいる。毎週末、免疫学者から講義を聞いたこともあると言う。頭脳明晰で学問的な理解に留まらず、その分野からどのような経済効果を引き出せるかの判断が的確に出来る人物と評されている。
A*STARには大きく言って5つの部門がある。1つは政策・管理部であり、これに個別の研究開発政策を実施する2つの研究評議会(BMRCとSERC)、さらに開発技術の商用化を担当する、ET社とA*STAR Graduateアカデミー(A*GA)が組織されている。
A*GAは科学技術に対する奨学金を与えるなど人的資源の開発を担当している。
A*STARの前身であるNSTBは1991年より国家技術計画・国家科学技術2000計画を実施してきたが、現在は、A*STARが国家科学技術2005計画を実施している。この計画の中で、関係省庁間の役割について「基礎研究は大学、教育省及び保健省、応用開発段階はA*STAR、国立研究所及び産業界の役割」という分担が示されている。A*STARは科学技術政策の立案の他、国立研究所への予算の配分、研究開発振興のための各種助成措置、関連インフラの整備等を行ってきた。
BMRCは、2000年10月にNSTB(当時)によって設立された。シンガポールにおける企業部門の生物医学研究開発の支援、監督、調整活動を行うこととしており、この目的は以下のとおりである(「第4章 シンガポールのバイオメディカル産業」で詳述)。
・ 人々の健康の維持と向上に貢献する、優れた研究を支援、維持、促進。
・ 人材の技能を高め、健康、クオリティ・ライフ、経済の世界的な競争力に対するシンガポールのニーズを満たす。
・ 生物医学研究に対する社会の意識を高める。
SERCは、製造業界(特にエレクトロニクス、情報通信、化学、一般工学)にとって重要な分野に焦点を当て、科学と工学における民間部門の研究開発を促進することとしており、この目的は以下のとおりである。
・ 重要な学術分野における価値の高い研究の基礎を開発する。
・ 研究のための人的資本を育成する。
・ 情報の普及と技術移転を促進する。
A*STAR下には多くの研究機関が存在する。NSTBからA*STARへの名称変更・組織改正とともに、研究機関の統合・合併が進められ下記の研究機関が再編・設立された。A*STARの研究機関は2つの評議会である、BMRC、SERC、の何れかの傘下に属する形となっている。すなわち、BMRCの傘下に、バイオ情報研究所、バイオ工学・ナノテクノロジー研究所、バイオ処理技術研究所、遺伝子研究所、分子・細胞生物学研究所の5研究所が属している。SERCの傘下には、化学、製造・オートメーション、電機、IT・通信の4分野にデータ保存研究所、製造技術研究所、化学・工学研究所、情報通信研究所、高機能電算処理研究所、材料研究・工学研究所、マイクロ電子研究所の7つの研究所が属している。
NSTBからA*STARへの名称変更・組織改正とともに、A*STAR傘下の研究機関の統合・合併が行われた。その過程で若干混乱もあったが、その典型的な例がIT関係の研究所である。A*STARは2002年1月に、無線通信センターとネットワーク技術研究センターの光グループを合併させ、通信研究院(ICR)を誕生させた。また、シンガポール国立大学内の2つの研究機関、Kent Ridgeデジタル研究所と信号プロセス・センターを合併させ、IT研究所(LIT)を誕生させた。2002年11月、ICRとLITを統合することを決定し、情報通信研究院(I2R)を設立した。NSTB自体、A*STARになる前年度に組織改正を行っているなど、近年の技術開発体制の見直しには一貫性が見られなかった。この背景には、バイオを新たに産業の柱にしたいという考え、引き続きITを産業の柱としたいという考え、起業を促進したいという考えなど、様々な考えが政府部内にあったものと推察される。
図2.2 シンガポールA*STAR傘下の研究開発機関の統合・合併

(出典:The Straits Times 2002/11/6をもとに作成)
2001年8月、ボナビスタ地区(中心市街地から西8キロ程度の文教地区)の教育省に隣接する場所にフェーズ・ゼロという起業支援設備が出来た。これが、2002年1月にトニー・タン副首相から全体像が発表されたワン・ノース・プロジェクトの先駆けとなった。
ワン・ノースという大プロジェクトは、15〜20年をかけて、この地域一帯194ヘクタールに150億シンガポールドルを投じ、ハイテク都市にしようとするものである。「都市」であるので、単なる研究所団地、工業団地ではなく、食・住・娯楽をも備えた都市を開発しようとしている。ボナビスタ周辺には、サイエンス・パーク、シンガポール大学、シンガポール・ポリテクニク(高専)、英国系インタースクール、その他、多くの教育・研究機関がある。SPRINGや教育省もこの周辺に立地している。シンガポール政府は隣接する軍の施設を移転して、この地域一帯を大規模に開発し、アジアの研究開発・ハイテク産業拠点を作ろうと計画した。ワン・ノースとは、シンガポールが位置する北緯1度を意味している。 (http://www.one-north.com/index.asp)
開発は、シンガポール政府の傘下のジュロン開発公社が担当したが、コア機関のみを政府が整備し、残りは、民間が主体となって開発した。コア機関の建設は、2003年に終了した。大規模な住居、アミューズメント施設、ショッピング街、レストラン街等も作り、ここに来た人間が連日24時間楽しめ、仕事ができ、生活できる地区を想定しており、街のにぎやかさは香港なみのものを目指している。研究者も世界中から集めてきて、研究者相互間の相乗効果も高めたいとしている。
日本の政府、地方自治体の立地政策は、固定資産税の減免や利息の優遇等に止まり、こういった大規模な計画は見あたらない。ワン・ノースは、国際的な研究機関の誘致競争の中で、シンガポール政府が打ち出した計画であり、日本としても学ぶところが大きい。
2002年5月に、経済開発庁(EDB)から、シンガポール島内7カ所のハイテク企業集積地に入居するベンチャー企業間のネットワーク化を促進する「ホット・スポット」プロジェクトが発表された。ホットとは、Hub
of Technopreneursの頭文字で、「ハイテク・ベンチャー起業家・企業の集積地」を意味する。
島内7カ所のハイテク企業集積地とは、シンガポール・サイエンス・パーク、ワン・ノースのフェーズ・ゼロ、サンテック・シティなどが含まれる。本プロジェクトも、政府が全てを実施するわけではなく、シンガポールの四大不動産開発業者である、Ascendas社、CapitaLand Commercial社、ジュロン開発公社、サンテック・シティ開発会社が主導するプロジェクトである。
シンガポールの研究開発動向は、毎年A*STARが行う研究開発に関する国家調査により、明らかにされている。この調査は、A*STARから多数の組織に調査票を送付して行われる。2004年の研究開発の状況が、2005年秋に公表されたので、その概要を以下に詳述する。
調査対象となった組織は、民間企業、政府機関、高等教育機関並びに公共研究機関であるが、合計765社の民間企業は、2004年に研究開発を実施したと報告、うち40%(308社)は製造業、58%(447社)はサービス業、1%(10社)は第一次産業並びに建設業にそれぞれ属している。2003年研究開発費における民間企業上位100社だけで、民間企業全体における同年の研究開発費のうち79%(16億5,300万シンガポールドル)を占めている。
研究開発に従事する研究者については、2004年において、研究科学者及びエンジニア(以下、「RSEs」)は合計1万8,935名、修士課程及び博士課程の全日制大学院研究生(以下、「FPGRSs」)は3,705名であった。RSEsのうち53%(9,968名)が学士号、26%(4,904名)が修士号、21%(4,063名)が博士号を最終学位として取得している。FPGRSsのうち33%(1,215名)は修士課程で、67%(2,490名)は博士課程で研究に携わった。労働者1万人当たりのRSEsが占める数は86.7人、労働者1万人当たりのTRSEs(RSEs及びFPGRSsの合計)が占める数は、103.7人であった。
図2.3. RSEs及びFPGRSsの取得学位及び人数 (単位:名)
(出所A*STAR2004年研究開発調査概要)
RSEs及びFPGRSsの国籍、年齢及び性別についても調査が行われている。その結果、以下のことが明らかになっている。RSEsの85%(1万6,036名)は、シンガポール国民及び永住権取得者(以下、「PRs」)、15%(2,899名)は、非永住権取得外国人である。また、57%(10,747名)は、35歳未満、89%(1万6,856名)が45歳未満であり、性別では、男性1万4,497名に対して女性4,438名となっている。博士号を取得しているRSEsは4,063名であるが、その71%(2,902名)はシンガポール国民及びPRs、29%(1,161名)は非永住権取得外国人である。また、26%(1,063名)は35歳未満、73%(2,967名)は45歳未満であり、性別では、男性3,352名に対して女性711名となっている。
FPGRSsは3,705名いるが、このうち全体の22%(824名)はシンガポール国民及びPRs、78%(2,881名)は非永住権取得外国人である。修士号取得の学生1,215名のうち、32%(386名)はシンガポール国民及びPRs、78%(2,881名)は非永住権取得外国人である。博士号取得の学生2,490名のうち、18%(438名)はシンガポール国民及びPRs、82%(2,052名)は非永住権取得外国人である。また、95%(3,511名)は35歳未満であり、男性2,714名に対して女性1,191名となっている。
このように見てみると、シンガポールの特徴として、博士号を取得している高度な研究人材と将来の研究開発を担う若い人材において外国人の比率が高くなっていること、総じて研究者の年齢が低いことなどがあげられる。

図2.4 RSEs及びFPGRSsの国籍 (単位:名)
(出所:A*STAR2004年研究開発調査概要)
図2.5 RSEs及びFPGRSsの年齢 (単位:名)
(出所:A*STAR2004年研究開発調査概要)
図2.6 RSEs及びFPGRSsの性別 (単位:名)
(出所:A*STAR2004年研究開発調査概要)
各機関におけるRSEsの比率については以下のようになっている。
全RSEsのうち61%が民間企業に属している。そのうち80%が最終学位として学士号、同58%が修士号、同19%が博士号をそれぞれ取得している。高等教育機関には全RSEsの20%が従事しているが、そのうち52%は博士号取得者である。公共研究機関には全RSEsの10%が従事し、うち23%は博士号取得者である。政府機関には全RSEsの9%が従事し、うち6%が博士号取得者である。
民間企業のRSEs 1万1,596名のうち、最終学位として69%(7,984名)が学士号、24%(2,831名)が修士号、7%(781名)が博士号をそれぞれ取得している。高等教育機関では全RSEs 3,746名のうち、最終学位として56%(2,103名)が博士号、23%(868名)が修士号、21%(775名)が学士号を取得している。公共研究機関では全RSEs 1866名のうち、最終学位として51%(950名)が博士号、29%(539名)が修士号、20%(377名)が学士号をそれぞれ取得している。政府機関では全RSEs 1,727名のうち、最終学位として13%(229名)が博士号、39%(666名)が修士号、48%(832名)が学士号をそれぞれ取得している。
分野別のRSEsについては、RSEs 1万8,935名のうち、63%(11,855名)はエンジニアリング・技術分野、17%(3,166名)は自然科学分野(バイオ科学を除く)、14%(2,669名)はバイオメディカル及び関連科学分野、1%(150名)は農業及び食品科学分野、6%(1,095名)はその他の分野の研究者である。FPGRSs 3,705名のうち、64%(2,389名)はエンジニアリング・技術分野、18%(657名)は自然科学分野(バイオテクノロジーを除く)、15%(574名)はバイオメディカル及び関連科学分野、2%(85名)は、農業及び食品科学分野等である。
図2.7 各機関別RSEsの人数分布 (単位:名)
(出所:A*STAR2004年研究開発調査概要)
図2.8 科学技術分野別RSEs及びFPGRSsの人数分布 (単位:名)
(出所:A*STAR2004年研究開発調査概要)
民間企業におけるRSEsの産業別の内訳は次のようになっている。
民間企業におけるRSEs 11,596名のうち、56%(6,447名)は製造業、44%(5,079名)はサービス業、1%(70名)は第一次産業及び建設業に従事している。
製造業におけるRSEs 6,447名のうち、69%(4,468名)はエレクトロニクス、16%(1,022名)は精密エンジニアリング、6%(355名)は輸送エンジニアリング、4%(261名)は化学、3%(191名)はバイオメディカル科学、2%(150名)は一般製造の各産業に従事している。
エレクトロニクス産業のRSEs 4,468名のうち、42%(1,896名)は情報通信機器、31%(1,399名)は半導体、15%(651名)はコンピュータ周辺機器、12%(522名)はデータ保管及びその他の電子モジュール/部品産業の各産業に従事している。
サービス業におけるRSEs 5,079名のうち、27%(1,384名)は電気通信及びIT産業に従事している。また、18%(900名)は研究開発に携わる企業に従事し、そのうち215名はバイオテクノロジー研究開発に携わる企業に従事している。
民間企業に従事し博士号を持つRSEs 781名のうち、44%(341名)は製造業、また27%(213名)は研究開発企業に従事しており、これにはバイオテクノロジーに関する研究開発企業に従事する85名が含まれる。
製造業に従事し博士号を持つRSEs 341名のうち、48%(163名)はエレクトロニクス、22%(75名)は精密エンジニアリング、11%(39名)は化学、12%(40名)はバイオメディカル科学、3%(10名)は輸送エンジニアリング、4%(14名)は一般製造の各産業に従事している。
全体で製造業に従事するRSEsのうち博士号取得者は、わずかに5%(6,447名のうち341名)である。産業グループ別では、博士号を取得しているRSEsの割合は、輸送エンジニアリングで3%(355名のうち10名)、エレクトロニクスが4%(4,468名のうち163名)、精密エンジニアリングで7%(1,022名のうち75名)、化学で15%(261名のうち39名)、バイオメディカル科学で21%(191名のうち40名)、一般製造で9%(150名のうち14名)となっている。
図2.9 製造業におけるRSEsの人数分布 (単位:名)
(出所:A*STAR2004年研究開発調査概要)
研究開発人材のここ数年間の傾向については、以下の通りである。
TRSEsの人数は、2003年の2万1,139名から、2004年には2万2,640名に増加している。博士号を持つRSEsの人数は3,791名から4,063名へと7%増加した。一方、修士号を持つRSEsは4,556名から4,904名へと8%増加、学士号を持つRSEsの人数は8,727名から9,968名へと8.2%増加した。FPGRSsの人数は4,065名から3,705名へ9%減少した。
民間企業におけるRSEsの人数は、2003年の9,827名から2004年には11,596名へ18%増加しているが、その内、博士号を持つRSEsが642名から781名へ22%増加、修士号を持つRSEsが2,446名から2,831名へと16%増加している。また、学士号を持つRSEsは6,739名から7,984名へと19%増加している。
全労働人口に対する研究者数については、労働者1万人当たりに占めるRSEsの人数は、2003年の79.4人から2004年には86.7人へ増加し、労働者1万人当たりに占めるTRSEsの人数は、2003年の98.3人から2004年の103.7人へと増加している。
2004年の研究開発費は合計40億6,200万シンガポールドルで、国内総生産(GDP)の2.25%を占める。研究開発に携わる人材の人件費は研究開発費総額の43%(17億4,800万シンガポールドル)であり、その他運営費は37%(15億500万シンガポールドル)、設備投資は20%(8億900万シンガポールドル)となっている。
研究開発費の機関別の内訳については、民間企業における研究開発費が、研究開発費総額の64%(25億9,000万シンガポールドル)を占め、これは2004年のGDPの1.43%に相当する。政府機関、高等教育機関並びに公共研究機関における研究開発費は、研究開発費総額のおよそ36%を占める。
研究開発の段階別、分野別支出については、研究開発費総額のうち51%は実験開発、30%は応用研究、19%は基礎研究に割り当てられている。また、研究開発費総額の62%はエンジニアリング及び技術分野、11%は自然科学(バイオを除く)、18%はバイオメディカル及び関連科学、1%は農業及び食品科学、8%はその他の分野に支出されている。バイオメディカル及びその関連分野では、研究開発費の43%は基礎研究、42%は応用研究、14%は実験開発に支出されており。自然科学(バイオを除く)の分野では、研究開発費の29%は基礎研究、34%は応用研究、36%は実験開発に支出されている。エンジニアリング及び技術の分野では、63%は実験開発、26%は応用研究、11%は基礎研究に支出されている。
民間企業における研究開発の段階別の研究開発支出については、研究開発費の66%(17億100万シンガポールドル)は実験開発、27%(6億9,700万シンガポールドル)は応用研究に割り当てられ、基礎研究への割り当ては、わずか7%(1億9,200万シンガポールドル)に留まっている。
また。産業別については、民間企業の研究開発費の64%(16億4,900万シンガポールドル)が製造業、35%(9億2,800万シンガポールドル)がサービス業、1%(1,300万シンガポールドル)が第一次産業並びに建設業により支出されている。
製造業においては、研究開発費の70%(11億5,200万シンガポールドル)がエレクトロニクス、17%(2億8,700万シンガポールドル)が精密エンジニアリング、4%(6,100万シンガポールドル)が輸送エンジニアリング、5%(6,400万シンガポールドル)が化学、3%(5,500万シンガポールドル)がバイオメディカル、2%(3,000万シンガポールドル)が一般製造により支出されている。
このうち、エレクトロニクス分野については、研究開発費の41%(4億7,100万シンガポールドル)が半導体、31%(3億5,300万シンガポールドル)が情報通信の最終製品、15%(1億6,900万シンガポールドル)がコンピュータ周辺機器、14%(1億5,900万シンガポールドル)がデータストレージ及びその他電子モジュール・部品の各産業により支出されている。
サービス業では、研究開発費の34%(3億1,800万シンガポールドル)は研究開発サービス、15%(1億4200万シンガポールドル)は電気通信及びITの分野で支出されている。
民間企業における研究開発費は、2003年の20億8,100万シンガポールドルから2004年には25億9,000万シンガポールドルと増大している。国内総生産(GDP)に対する割合では、2003年の1.29%から2004年の1.43%とほぼ横ばいである。
2004年の調査によれば、1,257件の特許申請、599件の特許取得が報告されている。そのうち民間企業が申請の62%(777件)、取得の72%(433件)を占め、公共研究機関は申請の18%(224件)、取得の16%(97件)を占めている。また、高等教育機関は申請の19%(245件)、取得の10%(59件)を占め、政府機関は申請の1%(11件)、取得の2%(10件)を占める。
また、特許の保有状況については、合計で2,570件の特許を所有しており、その内訳は民間企業が76%(1,946件)、高等教育機関は12%(317件)、公共研究機関は11%(272件)、政府機関はおよそ1%(35件)である。
民間企業における特許申請777件及び取得の433件のうち、それぞれ64%(500件)及び73%(317件)は製造業によるもので、また民間企業が所有する特許1,946件のうち、製造業が70%(1,361件)を所有している。製造業における特許申請500件及び取得317件のうち、76%(381件)及び81%(257件)は、エレクトロニクス産業である。所有についても、エレクトロニクス産業が、製造業全体で所有している1,361件の特許の80%(1,084件)を所有している。そのエレクトロニクス産業の特許申請381件及び取得257件のうち、47%(178件)及び49%(126件)は半導体産業により申請または取得されたもので、エレクトロニクス産業における特許1,084件のうち、83%(897件)を所有する。このように、シンガポールの民間企業の所有する特許の多くは半導体産業によるものである。
特許に関する指標の傾向としては、特許申請件数は2003年の1,001件から2004年には1,257件へと26%増加し、特許取得件数は2003年の460件から2004年には599件へと30%増加した。特許申請1件当たりの研究開発費は、2003年の340万シンガポールドルからわずかに減少して2004年には320万シンガポールドルとなっている。
次ページに、A*STARの作成した研究開発に関する主な指標の時系列的推移を示す。
(参考) 主要指標の時系列データ (出所:A*STAR2004年研究開発調査概要)
|
|
|
|
|
|
RSEs |
RSEs+大学院生 |
研究開発費 |
民間企業 |
民間企業 |
研究開発費 |
民間企業 |
|
|
|
民間企業 |
博士 |
大学 |
/ 労働者 |
/ 労働者 |
総額 |
研究開発費 |
研究開発費 |
総額 |
研究開発費 |
|
年 |
RSEs |
RSEs |
RSEs |
院生 |
1万人 |
1万人 |
(100万S$) |
(100万S$) |
対総開発費 |
対GDP比率 |
対GDP比率 |
|
1993 |
6,629 |
3,248 |
1,628 |
- |
40.5 |
- |
997.93 |
618.58 |
61.99% |
1.06% |
0.66% |
|
1994 |
7,086 |
3,561 |
1,724 |
- |
41.9 |
- |
1,174.98 |
736.23 |
62.66% |
1.09% |
0.68% |
|
1995 |
8,340 |
4,163 |
1,887 |
- |
47.7 |
- |
1,366.56 |
881.37 |
64.50% |
1.15% |
0.74% |
|
1996 |
10,153 |
5,085 |
2,237 |
- |
56.3 |
- |
1,792.14 |
1,133.42 |
63.24% |
1.38% |
0.87% |
|
1997 |
11,302 |
5,792 |
2,485 |
- |
60.2 |
- |
2,104.56 |
1,314.52 |
62.46% |
1.49% |
0.93% |
|
1998 |
12,655 |
6,573 |
2,733 |
- |
65.5 |
- |
2,492.26 |
1,536.10 |
61.63% |
1.82% |
1.12% |
|
1999 |
13,817 |
7,502 |
3,054 |
- |
6,9.9 |
- |
2,656.30 |
1,670.86 |
62.90% |
1.93% |
1.21% |
|
2000 |
14,483 |
7,997 |
3,111 |
2,570 |
66.1 |
77.8 |
3,009.52 |
1,866.05 |
62.00% |
1.91% |
1.18% |
|
2001 |
15,366 |
8,389 |
3,347 |
3211 |
72.5 |
87.6 |
3,232.68 |
2,045.02 |
63.26% |
2.13% |
1.34% |
|
2002 |
15,654 |
8,598 |
3,639 |
3,723 |
73.5 |
91.0 |
3,404.66 |
2,091.33 |
61.43% |
2.19% |
1.34% |
|
2003 |
17,074 |
9,827 |
3,791 |
4,065 |
79.4 |
98.3 |
3,427.47 |
2,081.19 |
60.77% |
2.15% |
1.31% |
|
2004 |
18,935 |
11,596 |
4,063 |
3.705 |
86.7 |
103.7 |
4,061.90 |
2,589.99 |
63.76% |
2.25% |
1.43% |
|
|
|
|
|
シンガポールにおける |
シンガポールにおける |
|
|
|
|
|
特許 |
特許 |
特許 |
特許、新技術開発 |
研究開発に起因する |
回答 |
労働者数 |
GDP |
|
年 |
申請分 |
取得分 |
所有 |
によるライセンス収入 |
製品/プロセスの売上高 |
民間企業数 |
(1000人) |
(100万S$) |
|
|
|
|
|
(100万S$) |
(100万S$) |
|
*1 |
*2 |
|
1993 |
142 |
52 |
200 |
41.22 |
- |
410 |
1,635.7 |
94,289.3 |
|
1994 |
263 |
58 |
204 |
52.80 |
- |
427 |
1,693.1 |
107,851.1 |
|
1995 |
242 |
51 |
256 |
111.41 |
- |
440 |
1,749.3 |
118,962.7 |
|
1996 |
316 |
91 |
614 |
27.34 |
6,381.02 |
496 |
1,801.9 |
130,034.6 |
|
1997 |
490 |
132 |
831 |
26.61 |
9,647.26 |
508 |
1,876.0 |
141,640.9 |
|
1998 |
579 |
136 |
847 |
50.97 |
13,369.92 |
571 |
1,931.8 |
137,084.8 |
|
1999 |
673 |
161 |
1,077 |
671.89 |
10,663.94 |
593 |
1,976.0 |
137,935.1 |
|
2000 |
774 |
239 |
1,268 |
74.63 |
15,577.77 |
539 |
2,192.3 |
157,700.2 |
|
2001 |
913 |
410 |
1,456 |
55.17 |
16,659.52 |
513 |
2,119.7 |
152,065.5 |
|
2002 |
936 |
451 |
1,739 |
87.50 |
11,445.60 |
519 |
2,128.5 |
155,726.6 |
|
2003 |
1,001 |
460 |
2,314 |
132.37 |
10,360.46 |
617 |
2,150.1 |
159.135.0 |
|
2004 |
1,257 |
599 |
2,570 |
208.20 |
14,931.46 |
765 |
2,183.3 |
180,554.4 |
シンガポールは、2005年9月に、シンガポール経済開発庁(EDB)主催の「製造業会議」を開催し、今後の製造産業振興に向けての方針を明らかにした。シンガポールの今後の産業技術政策の動向としては勿論のこと、自由貿易協定(FTA)への取り組むを進めるASEAN各国の製造業の今後を占う上でも、大変興味深い話題である。
2005年9月28日、ラッフルズシティ会議センターにて、シンガポール経済開発庁(EDB)主催による「製造業会議」(聴衆千人以上の大会議)が開催され、リム・スイセイ第2国家開発相が、2018年までに製造業生産高を、3,000億シンガポールドル(約20兆円)に倍増する方針を明らかにした。
これは、2004年8月就任直後のリー・シェンロン首相が、製造業の生産高を15年間で倍増させると約束した演説を具体化したものである。
EDBは、その実現に必要な6つの鍵(SECRET)を、以下の通り示した。
@サプライチェーンマネジメント(S)
空運・海運ハブを拡大して、ロジスティクスを強化。特にRFIDなどIT活用。
Aエコシステム(E)
企業(特に多国籍企業)にとっての部品調達、サービス環境等を強化。
Bカルチャー(C)
製造文化とスキルセットを深化するため、国家表彰制度など創設。
C製造業ハブとしての範囲(R:Reach)
FTA締結による原料、製品の流通の拡大。効率的な物流とITの活用。
Dエマージング領域(E)
ナノテクノロジーや水処理技術など、新規産業の育成。
E技術(T)
産学協同による産業技術開発への集中。
なお、既にシンガポールは、世界又はアジアで一位を占める分野を有することも強調された。
(例)オフショア石油掘削リグ(世界シェア70%)、ディスクドライブ(世界シェア30%)、航空機修繕・点検(アジア1位)等
製造業の立地は、低廉な人件費だけで決まるのではなく、サプライチェーンによる物流効率化やサプライヤーとの共生環境、さらにFTA・投資保護協定などの制度などの要素も重要である。また、製造業の競争力は付加価値で考えるべきであるとの考え方が示された。
具体的には、2018年までに、生産高と付加価値を倍増(それぞれS$300B、S$80B)させるとともに、熟練労働者比率も、32%から50%に引き上げることとしている。
この会議は、中国等への生産拠点シフトを背景に、シンガポールが国を挙げて製造業の振興に取り組もうとする決起集会的な会合と目される。ラッフルズシティ会議センターの大会議室に1000人以上が参加したことには驚かされる。IT先進国として知られるシンガポールは、エレクトロニクス、化学製品等の製造業にも力を入れている。ITは、物流や行政サービスの効率化による多国籍企業の誘致等を促進するためのインフラとしての位置づけである。
最初の鍵は、サプライチェーンマネジメントであり、RFID(ICタグ)の活用が注目されている。アジアのハブとして生き残るため、FTA交渉にも力を入れるシンガポールの今後の動きが注目される。
製造業会議において、EDBが、2018年までにシンガポールの製造業生産高と付加価値の倍増を目指す計画の概要を示すため、EDB発表資料をまとめながら、シンガポール政府要人から示された計画の概要を示す。
1. シンガポール経済開発庁(EDB)が示した、シンガポールにおける製造業の将来の展望は、以下の通りである。2018年までの実現目標は次のとおりである。
· 製造業総生産高を3000億シンガポールドルに倍増する。
· 製造業の総付加価値(VA)[1]を800億シンガポールドルに倍増する。
· 製造業に携わる熟練労働者の比率を32%から50%に引き上げる。
この目標の達成にあたり、2018年まで新規製造プロジェクトによる製造業の新規雇用は毎年約15,000人、また波及効果によりサービス部門で6,500人分の新規雇用が生まれると、EDBでは予想している。
2. ラッフルズシティ会議センターで開催されたEDB主催の製造業会議の席上、リム•スイセイ首相府相兼第2国家開発相がこれらの目標を発表した。リム大臣は1,000人以上の出席者を前にしたスピーチで、「これまでよりずっと高い地点からの成長であり、競争も世界規模で激化している以上、壮大な目標ではある。しかし、シンガポールには独自の強みがある。小国で機敏だからこそ、新しいチャンスをすばやくつかむことができる。また、ビジネス向きの環境やBERI(Business Environment Risk Intelligence)が26年連続で世界第1位に格付けした労働力をはじめ、すぐれた科学技術の能力を誇っている」と、発言した。
3.リム大臣は講演の中で、製造業がシンガポールにとって重要な理由を5つ挙げた。
· 製造業はシンガポールの経済成長の原動力であるとともに経済基盤を多様化して、世界景気の変動に対するシンガポールの抵抗力を高める。
· 製造業とサービス部門は互いを補完しあうシンガポールの経済成長の2本柱であり、製造業はサービス部門の伸びを加速する。
· 製造業は全ての熟練度にわたって好ましい雇用を創出する。
· 製造業は経済の他の部門に多大な波及効果をもたらす。
· 製造業は技術とイノベーションの発展に向けた強固な場を提供する。
4. シンガポールの製造業の未来については、「我が国は長期にわたる製造業の維持を公約としており、製造業に関する展望と全力で取組む姿勢は終わりのない物語である。力をあわせて、ここシンガポールで製造業の未来を改革、再構築しつづけましょう」と、リム大臣は呼びかけた。
5.テオ•ミンキャンEDB長官は、「シンガポール経済の柱として、EDBは製造業を全面的に支援している。企業の規模、地元企業か外国企業かにかかわらず、シンガポールが製造活動のバリューチェーン全体にとって不可欠な拠点であり続けるよう最大限努力する。「メイド•イン•シンガポール」は品質、信頼性、価値のユニークな保証マークとして世界的に認められるはずである」と、発言した。
6. EDBのコー•ケンファ マネジングディレクターは会議の発表で、2018年目標の達成に向けてシンガポールの製造業優位を高める重点戦略として、次の項目を挙げた。
· サプライチェーンマネジメント − シンガポールのリードを広げる
· エコシステム − 企業エコシステムの強化
· 文化 − 製造文化と熟練度を高める
· アクセス − 製造業のハブとしてシンガポールへのアクセスを拡大
· エマージング領域 − 新分野の育成
· 技術 − 技術とイノベーションの開発を強化
7. コー氏は講演で着用電子機器、バイオロジックス、ナノテクノロジー、航空システム、バイオ燃料、太陽電池など実用化が期待される将来の製造分野にも言及した。未来の製造業は多様化、グローバル化が進み、起業が増え、技能集約型、技術集約型になるとして講演を締めくくった。製造業を待ち受ける刺激的なチャンスは生産の枠を超えて研究開発、技術革新、製造、複雑なサプライチェーンなどバリューチェーン全体に及びます。
8. EDB主催の製造業会議には実業家やアナリストなどの識者が出席した。
· アンドリュー•スミス シェルイースタン石油製造担当取締役
· E.L.テイ モトローラ シンガポール社長兼モトローラ統合サプライチェーンアジア製造事業法人バイスプレジデント
· ウォン•ギット•リオン ベンチャー•コーポレーション会長兼CEO
· ダニエル•リアン モルガン•スタンレー エグゼクティブディレクター∕東南アジア担当チーフエコノミスト
· コー•ケンファ EDBマネジングディレクター
· 司会はCNBCのマーティン•スーン
9. 全体会議に続き、化学、電子、環境とプロセスエンジニアリング、精密エンジニアリング、運輸エンジニアリングの5つの産業別会議がEDBの産業クラスター担当ディレクターの主導で、業界幹部のパネルを招いて開かれた。参加者は会議の席上、世界的に有名な最先端のシンガポール製製品を紹介する広大な製造ギャラリーを視察した。ギャラリーには、シンガポールが世界のビジネスに提供する製造業バリューチェーン全体にまたがる広範な活動も盛り込まれていた。
◎サプライチェーンマネジメント(S) − シンガポールのリードを広げる
今日、競争は、工場対工場はおろか企業対企業でもなく、サプライチェーン対サプライチェーンに広がっている。重要なのは提携企業、顧客、ベンダーにまたがる効果的な統合サプライチェーンである。シンガポールには、製造企業が緊密に統合した効率の高いサプライチェーンを生み出せる充実した設備がある。
EDBは以下の取組みを通して、サプライチェーン機能のリードを広げることを目指している。
· シンガポールに寄港し、シンガポールを空路のハブにする航空会社や海運会社の誘致
· 多様な化学製品を扱うなど、専門物流機能の開発
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