−ASEANにおける教育分野でのIT活用を中心に−
2005年3月
目 次
1.5 e-Learningの現況とe-Learningの推進団体
7. 巻末資料 (人間開発指数 アセアン10ケ国及び日本、中国、韓国の比較)
インドネシア共和国は北緯6度〜南緯11度、東経95度〜141度に位置し、国土面積は約190.5万km2(日本の約5倍)である。約17,000余の島々(うち約6,000の島々に人々が住んでいる)からなる世界最大の島嶼国家で、東西約5,110km(米国の東西両海岸間の距離に匹敵)、南北約1,888km(赤道を挟む)に及ぶ。広大な国土は熱帯雨林気候に属しており、ほとんどの地域は湿度が高く1年中暑い。季節は雨季と乾季に分かれており、10月から3月頃までが雨季、4月から9月頃までが乾季である。
人口は2.06億人(2000年インドネシア統計局)。中国、インド、米国に次いで世界第4位の人口を持つ。大半がマレ-系(ジャワ、スンダ等27種族に大別される)である。中国系は約500〜600万人。総人口の約6割に当たる1億人強が、全国土面積の約7%に過ぎないジャワ島に集中している。首都はジャカルタで人口は約1千万人。世界最大のイスラム人口を有するが、イスラム教は国教ではない。イスラム教87.1%、キリスト教10.1%、ヒンズ-教1.8%他。識字率は 88.5%(男性:92.9%、女性84.1%)。国語はインドネシア語で全国に広く普及している。その他、ジャワ語、スンダ語等約300以上の種族語がある。
インドネシアは第2次世界大戦後の1945年、民族運動のリーダ、スカルノの下に独立を宣言し、1949年にオランダより国家主権が委譲され、正式に独立国となった。政体は共和制(1945年8月17日独立)。国家元首は大統領(初代大統領:スカルノ、第2代大統領:スハルト、第3代大統領:ハビビ、第4代大統領:アブドゥルラフマン・ワヒッド、第5代大統領:メガワティ・スカルノプトゥリ、第6代大統領スシロ・バンバン・ユドヨノ)。大統領は、国家の元首であると共に行政府の長を兼ねる。首相職は無い。大統領は直接投票により選出され、国民協議会によって任命される。任期は5年間であり、再選は1回のみ。行政区域は州(第1級自治体)、市・県(第2級自治体)、郡、町、区等。1999年に地方分権関連2法(地方行政法並びに中央地方財政均衡法)が成立し、2001年1月より施行されたことにより、州・県・市は、外交、防衛、司法、財政、宗教等を除く全ての権限を有することになった。
97年7月のアジア通貨危機により、外資導入、非石油・天然ガス産品の輸出志向産業の振興を中心に推進されてきた開発政策は大打撃を受けた。現在IMFとの合意に基づき、経済構造改革に努力中。経済は好調な輸出入に支えられ回復基調にあるが、国内消費、国内・外国投資も経済危機以前の水準に戻っていない。2003年初に政府が財政の健全化に向けて、各種公共料金(燃料価格、電気料金、電話料金)の引き上げを実施しており庶民や企業経営者等の負担の増大させることになっている。主力産業は鉱業(石油、LNG、アルミ、錫)、農業(米、ゴム、パ−ム油)、工業(木材製品、セメント、肥料)。主要輸出品は石油・天然ガス、繊維、合板、履物、ゴム等、輸入品は石油製品、機械、自動車部品、鉄鋼板等。
外国投資は国内外からの投資が経済危機以降最低の水準(2002年)。国営企業の民営化時期が相次いで延期されるなど、経済改革プログラムの進展に遅れが見られる他、治安の不透明性や法の支配の確立の遅れなどから、特に、2002年11月末には日本企業のソニーが撤退を発表したことで、改めてインドネシアの投資環境が悪化していることが指摘された。しかしながら、現時点では、ユドヨノ新政権の下での経済刷新を期待する声が高く、投資今後の発展の度合いが注目されている。
労働力人口は約9,080万人(2001年)。現在、失業率は8.1%(2003年)。2020年には1億4,500万人の労働力人口を有すると予測されている。1967年から2001年までの直接投資累積額において全体の14.4%と第1位を占めている日本がインドネシアに設立した日系企業は約1,000社に上り、インドネシア人雇用者の数は20万人を超えている。
インドネシアのIT政策の経緯について下表に示す。インドネシアは政府の混乱を背景に、なかなかIT政策が進捗していない。その根元には、貧富の格差の問題と広大な島嶼国家であることが存在している。インドネシアの町を歩けば判るように、日本にはあり得ないような、例えていえば、ビバリーヒルズのような高級住宅街とスラム街、掘っ建て小屋が同居している。技術的にも、世界レベルで競争可能な技術を販売するような会社がある一方で、PCを触ったことがない人たちも存在する。電気が来ないことから、昼間しか授業を行えない学校も存在する。
こうした中、IT政策を立案することは並大抵ではない。公務員給与は安いこともあり、政府内には汚職なども後を絶たない。ITを振興するためには、的確に問題を把握し、整理し、その問題を解決していくことが不可欠であるが、これができていない。
さらに、地方分権を進めた結果、中央政府の権限は大幅に削減されており、IT政策を実施することは大変困難な状況にある。
また、現在のIT計画を進めているのは、メガワティ大統領が副大統領当時に発案したテレマティカである。ユドヨノ新政権下でのIT政策の新たな展開が期待されるところである。
表1-1 IT政策の経緯
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1997年 〜 |
ヌサンタラ21 (NUSANTARA 21) ↓ 「国家情報システム」(SISFONAS) National Information System Sistem Informasi Nasional、Sisfonas |
インドネシアの国家情報基盤整備計画。ヌサンタラ21は政権交代により名称を変えSISFONASとなった。 ヌサンタラ21は先進国によるGII(グローバル情報インフラ)プロジェクト、隣国マレーシアのマルチメディア・スーパー・コリドー(MSC)やシンガポールのシンガポール・ワン(SINGAPORE ONE)などの国家情報化推進計画に触発され、打ち出された計画といわれ、当時の政府(スハルト政権時)が、2001年までにインドネシアの27州都をスーパー・ハイウェイで結び、マルチメディア・シティー、マルチメディア・コミュニティー・アクセス・センタを構築し、各種アプリケーションを導入することにより、インドネシア全体の情報通信の社会インフラ整備の実現を目指した計画であるが、実質的に頓挫した状態にあった。 SISFONASに名称が変更されてからは地方政府と中央政府間のネットワーク構築等、電子政府を推進するイニシアティブとなっている。 インドネシア政府は2003年12月に開催された世界情報社会サミット(WSIS)において決定した通信網整備に関する計画の終了年が2015年であることから、SISFONASのいくつかのプログラム(終了予定は2010年)の終了年を前者の計画に合わせて2015年とすることで調整中。 |
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2001年2月 |
大統領令Presidential Instruction No. 2/2001 |
コンピュータアプリケーションにおけるインドネシア語の使用を規定 |
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2001年 3月 |
大統領令Presidential Instruction No. 3/2001 |
中小企業振興のためのICT活用を規定 |
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2001年4月 5月 |
大統領令Presidential Instruction No. 6/2001 |
インドネシアにおけるICTの発展及び導入のための ガイドライン。ICT分野は国家IT調整チーム(TKTI)が担当となることを指示。 |
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インドネシアにおける情報通信技術の開発・実現のための5か年実行計画 |
2001年5月、上記大統領令に基づき、デジタルディバイドの解消を目的とした5カ年実行計画が発表された。「政策・法律」「人材開発」「インフラ」「情報通信技術の応用」の4項目に関し、それぞれの課題、実行計画案、実行時期、優先順位、実施機関等を定めた。 |
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2001年 4月 〜 |
テレマティカ インドネシア |
正式名称は「ICT開発と実施のための政策フレームワーク(Frame
work for Development and Implementation of Information and Communication
Technologies in Indonesia)」。ICTの活用による国家の統一、国民の福祉と持続可能な開発の実現を目指す。 1.国家の統一と国民の能力強化のためのICT 2.社会のための、そして、社会におけるICTの活用 3.国家情報通信基盤の整備 4.民間部門のビジネス環境の整備 5.国民能力の向上と科学技術政策 6.電子政府の構築:良き統治力のためのICT活用 7.国家ICT戦略を統括するテレマティカ調整グループの組織強化 |
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2003年 |
大統領令Presidential Instruction No. 3/2003 |
電子政府推進を目的とした大統領令。 |
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2003年 |
大統領令Presidential Instruction No.9/2003 |
国家IT調整チーム(TKTI)に関する大統領令。 |
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2005年 |
大統領令Presidential Instruction NO.9/No.110/11/12/15 |
情報通信省設立など情報化機関の再編に関する大統領令 |
インドネシアのPC普及台数は、2002年次点で約250万台、普及率は1.19%にすぎない。他のASEAN諸国における2002年のパソコン普及率は、シンガポール62.20%、マレーシア14.68%、ブルネイ7.67%、タイ3.98%、フィリピン2.77%、ベトナム0.98%、ミャンマー0.51%、ラオス0.33%、カンボジア0.20%(出展:ITU)となっていることから、インドネシアの1.19%という数字は国力を考えるときわめて低いといえる。これは、人口がきわめて大きいことも要因である。
しかしながら、国内でのパソコンの売上は着実に伸びてきており、2003年には年間で約70万台が売れ、前年と比較し16.7%増加している。
ガートナー社の調査ではインドネシアにおける2003年の有力パソコンベンダ5社は、ヒューレット・パッカード社、エイサー社、IBM社、デル社などの外資系ベンダの他、インドネシア国産パソコンメーカPT Zyrexindo Mandiri Buana社(ZEREX社)。ZEREX社の2003年の市場シェアは5%であった。
多くのIT関連企業は、2004年の総選挙や電子政府実現に向けて、政府におけるパソコンの需要が大きく高まることを予測している。
表1-2 インターネットユーザ数
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年 |
インターネットユーザ数 |
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1998 |
512 |
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1999 |
1,000,000 |
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2000 |
1,900,000 |
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2001 |
4,200,000 |
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2002 |
4,500,000 |
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*2003 |
7,550,000 |
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*2003年は予想値 |
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出典:APJII |
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インドネシアのインターネット普及率は2001年末現在で1.9%と非常に低いのが現状である。80年代後半から研究者を中心にインターネット接続がされてきたが、商用ネットは首都ジャカルタなどに限定され、島々に点在する広大な国土を充分カバーするに到っていない。また固定電話回線の普及率が4%弱と遅れていることがネックとなっている。
インターネット利用者数は、2003年には750万人に達した。大半は国内に1,500ヵ所以上普及(ジャカルタにその50%が集中)しているインターネット・カフェあるいは「Warung(=小屋) Net」/ 「WARNET」の利用者と推定される。インターネット・プロバイダ協会の発表によると、インターネットユーザ52%がWarung
Net等のインターネット・カフェから、42%が職場からインターネットアクセスしている。
ISPは、2002年現在で約180社(うち、8割程度がジャカルタ)が許可されているが、現下の経済情勢で資金繰りに詰る会社も多く、実際に運営しているのは、ジャカルタで30社程度、地方で10社程度と推定される。
インドネシア国内の政府各機関、民間企業、大学等のウェブサイト(ホームページ)は、急速に充実しつつある。インドネシア語・英語を併記したものも見られ、かなりの情報を収集することができる。
インドネシアでは、インターネット接続はダイアルアップが中心である。ジャカルタの都心部では、現在のところ公称数百kbps 程度までの高速インターネットサービスは高級ホテル、外人向アパート等ごく限られたところでしか利用できない。その場合も回線は共用であり、またバックボーン回線の容量不足のため通信速度は低下しやすい。日系企業等のオフィスでは、通信事業者により提供される専用線あるいはVPN(仮想専用網)サービスを利用しているところもある。ISDN、ADSLサービス等は特定の区域のみであり殆ど普及していない。
ジャカルタ以外の地方都市では、企業、大学等が構内のLANを通信事業者の回線に接続してインターネットを常時利用しているところがあるが、通信料が高く、利用者数次第で速度も遅い。一般家屋等ではダイアルアップ接続になる。また、コンピュータと電話を持たなくても利用できるWARNETが増加している。
この他、通信事業者のPT.TELKOMが、加入電話から直接つながるインターネット接続サービス(TELKOMNET)を全国で提供している。ただし、サービス品質は不十分で料金も割高である。
インドネシアの教育システムは日本と同様に6・3・3・4年制を取っている。中学校を卒業した生徒は、一般の高校(3年)に行く、もしくは職業訓練学校(3年)という進路がある。その後には3年生の高等専門学校(Polytechnic)もしくは4年生の大学に進学することになる。インドネシアは17,000以上の島があり世界最大の島嶼国家である。その為に教育省初等・中等教育局・職業訓練課では職業訓練学校のネットワークを作ることに力を入れている。
この計画を4段階において進めており、まず全国5,000校ある職業訓練校の内、800校に対してネットワーク資金を付与して学校内のネットワーク化を進めている。次の段階として学校間LANであるJIS(スクール・情報ネットワーク)を構築している。2004年時点で64のJISが既に構築されている。JISはe-ラーニングを促進させる指導者としてのICTコミュニティを各都市に作ることに活動を集中している。第3段階としてJISを結んでWAN Kota(Kotaとはインドネシア語で町の意味)と呼ばれる更に広域のネットワークを張り、30のWAN
Kotaが出来上がっている。
教師がネットワーク知識を得るために、CISCO社による教育が実施されている。地方自治体も30%〜40%のネットワーク敷設の資金を負担している。メインサーバーは一つの学校にあり、WAN
Kota内の学校はダウンロードをすることが可能になっている。コンテンツ作成には政府はかかわってなく一般のフリー競争となっている。200種類のマルチメディアコンテンツがあり、150のモジュールを今年作る予定である。最終段階である4段階目では地域のベストスクールに60台のPCを与えてICTセンターとしている。ICTセンターとなるためには、第3段階までの段階に進んでおり、さらに学校側でPCを保有するために3つの教室を用意する必要がある。今は10ケのICTセンターがあり、10年以内に400ケ所のICTセンターを設立する計画がある。
政府は大学に進学する人が少ないことから職業訓練学校に力を入れており、上記に述べた教育機関のネットワークは、職業訓練学校が中心であるが、他の種類の学校も接続することは可能であり、教育省の初等・中等学校局・職業訓練学校によるネットワークがインドネシアで唯一の全国レベルでの教育機関のネットワークである。インドネシア全体で小学校は170,000校あり、中学校は17,000校、高等学校は7,900校、職業訓練校は4,169校、大学は200校ある。昨年は210校の職業訓練校を設立し、今年には300校を設立する計画があり、5年間では2,000校を新たに作る予定である。また新たな活動として、学校を新たに作るのは金がかかることから一般高校に職業訓練のクラスを併設にすることも昨年から始めている。このクラスで教える教師は、当初は近隣の学校から派遣し、その後新しいコースを作った農村から教師をバンドンにある職業訓練センターに呼び、教育・訓練を行って地元に再派遣を行っている。今年からは訓練センターに来る教師には政府がPCを与えることを始めている。
義務教育は小学校・中学校の計9年であるが、小学校においては100%の進学率となっているが、中学校では80%の進学率に留まっている。高校以上に行く人の割合は60%以下で、大学レベルでは15%にまで低下する。2008年までには中学校に行く人を100%にまで引き上げることが政府の目標となっている。
教育部門における情報化の活動としてはSchool 2000という2,000校をネットワーク化することを目標としたプロジェクトもある、また一つの学校に一つのコンピュータ室をつくるというOne school
One Computer Labプロジェクトというプロジェクトもある。このプロジェクトには2003年にバタム島で開始され、後述するPUSTEKKOMがコンテンツを提供している。またWAN
KotaにおいてPUSTEKKOMはコンテンツをこのネットワークを通じて提供している。
2001年10月にICT整備に関する5カ年実行計画が発表され「人材開発」が一項目として挙げられているが、具体的な内容となってなく教育に関するマスタープランを現在作成中である。国家教育省はインドネシア全土にある学校にITを浸透させることを行なっている段階である。現在の最大の関心は先進的な技術を導入することよりも地方にある学校を、都市の学校と同様なレベルにすることにある。ネットワークだけでなくカリキュラム開発にも力を入れている。高校ではコンピュータの基礎的な知識を得るコースが必修の科目となっており1学期当たり90時間受ける必要がある。ICTに関するオンライン・テストを全国で開始する準備を進めている。また通常のカリキュラムとe-ラーニングを統合させることも計画させている。e-Learningについてはインターネットの環境が整っていない、また接続料が高いことから極めて初期の段階で、政府により支給されたインタラクティブCDを用いてオフラインで学習を行ない、LMSなどは使われていない場合が高校レベルでは多い。
2004年に国家教育省は高校向けにラーニングコンテンツを提供するために予算を計上した。125のトピックが職業高校向けに提供され、一般高校向けにも125のトピックが提供された。今後5年間で毎年125のトピックが開発される予定である。
民間で学校向けのコンテンツ開発を行なうなどe-ラーニングビジネスを行なっている企業はあるが、e-ラーニングの業界団体は未だ設立されていない。
同大学は1980年〜教師向けの訓練として遠隔教育を開始し、テキストを生徒に送る通信教育を行っていた。1984年には遠隔教育大学として成立した。インドネシア全土の地方に支部があり、合計で31支部を有し、その内ジャワ島は3つの支部を有している。1996年には450,000人の生徒が在籍しており、2000年には電子メールベースで教育を行うe-Learningを開始した。教師は家にPCを保有してなく、家に必ずしも電話があるわけではないので、インターネットカフェで接続することになるが、1時間当たり3,000〜5,000ルピーのインターネット接続料が高いことなどが問題となっている。
ジャカルタにある国立のオープンユニバーシティと同じくジャカルタにある私立のビナ・ヌサンタラ(BINA NUSANTARA)大学が大学レベルでe-Learningを行っている主な大学であるが、ビナ・ヌサンタラ大学は始めたばかりでまだ初期の段階である。また全ての大学はe-Learningを開発しようと活動を行っている。
前者のオープンユニバーティは250,000人の生徒が在籍している。Diplomaコースや、2年間のP2レベルや4年間のP1レベルのコースはあるが大学院レベルのコースは存在していない。学費は160万ルピアでこれには、試験費用、授業料、教材費も含まれている。インドネシアには130万人の小学校の教師がいるが、全ての教師が高学歴ではなく、これらの教師に対してスキルアップを行うことがオープンユニバーシティの主要な目的となっている。一方ビナ・ヌサンタラ大学は高校を卒業した生徒を対象としている。
オープンユニバーシティはカナダと提携しており、タイにあるオープンユニバーシティとも提携をしている。アジアのオープンユニバーシティの連盟であるAssociation of Asia Open universityも参加をしており、タイ、バングラデシュ、フィリピン、ラオス、インドネシア、香港、スリランカ、イラン、インド、日本、マレーシア、パキスタン、韓国、中国の大学が加盟している。
PUSTEKKOMは教育省傘下にある6つのセンターの一つで直接、事務総長に従属している。このセンターは教育上の問題を、情報通信技術を活用することにより解決する、また人的資源の質を情報通信技術の開発と実施により高めるという2つのミッションを掲げている。また同センターは@e-Learningや遠隔教育を含む教育向けの情報通信技術の開発、実施に関する技術政策を立案する、A教育への情報通信技術の使用を通じて、ラーニングシステムやモデルを開発する。Bコンサルサービスを含む全ての教育のタイプやレベルに対してメディアプログラムを開発するという3つの機能を果たしている。
PUSTEKKOMの歴史は1968年にまでさかのぼる。1968年にインドネシア政府は教育に関する調査を行い、ラジオやTVを通じた教育は、教育にとり不可欠な部分であり、優先されるべきことである。また教育ラジオは、オペレーションコストを増加させずに教師と生徒の割合を増加させるという結論に達した。これの研究に続いて教育ラジオ放送が1973年にジャワ島中部で、1974年にジョグジャカルタ特別区において実験的に開始された。この結果は満足のいくもので、1976年に教育文化省は、教育・文化のための通信チームを開始した。1978年の大統領令27号により教育・文化のための通信チームは、教育・文化のための通信技術センター、インドネシア語の頭文字をとってPUSTEKKOMとして昇格した。1999年までPUSTEKKOMはジャカルタに位置し、3つのメディア製造ユニットを有し、21の地方には21ケ所の実施部門を抱えていた。2000年の地方分権政策の実施により、実施部門の管理は地方政府に移管された。情報通信技術の発展により、2000年からPUSTEKKOMはITをサービス分野に追加をし、現在に至っている。
一般高校向けにedukasi.netと呼ばれるe-Learningコースを提供している。現在は科学、物理、数学、生物の教材があるが、社会科学系にも内容を広げていく計画をもっている。edukasi.netはインターネットを通じてコンテンツを配信しているが、全ての学校が高速のインターコネクションをもっていないので、CDベースでも教材を送付している。教材作成については、大学の講師や学校の教師ともに一緒にコンテンツ開発を行っている。
今年の重点活動は、中学校向けのテレビ放送教育であり、来年はedukasi.netを中学校にも普及させることに重点を置いている。双方の教育とも、学校における対面授業の補完的名役割をすることで位置付けられている。
IDLNは遠隔教育プロバイダーのネットワークであり、インドネシア政府とユネスコ・UNDPの資金により作られ、PUSTEKKOMがコーディネートセンターとなっている。農業省、財務省、人材省、貿易産業省、内務省、宗教関連省、PT.TELKOM、スラバヤ大学など14のメンバーが参加している。IDLNのミッションは、メンバー機関が質の高い人材資源開発に向けて、先進的な遠隔教育システムを管理する組織内能力を開発することを支援することにある。
対外的な活動として、PUSTEKKOMはAsia school Netというユネスコのプロジェクトに参加をしており、マレーシア、フィリピン、ミャンマー、ベトナム、ラオス、タイ、インドネシアにある24のスクールと連携している。シンガポールとブルネイもこのネットワークに参加をしているが、自己資金で行っている。このプロジェクトにおいてインドネシアのコーディネーターの役割をしている。
また世銀が推進している遠隔教育に関する各国の提供を行うウェブサイトGlobal Distance Education Netのための情報収集も行っており、東南アジアの地域サイトはインドネシアにおかれPUSTEKKOMとリンクが張られている。
SEAMEO LECはSEAMEOの地域センターでオープンおよび遠隔教育分野において活動を行っている。同センターは、1997年2月にインドネシア政府のもとに設立され、ジャカルタから近郊のボゴール郡に位置している。(物理的には、上記のPUSTEKKOMと同じビルに位置している。)上位機関であるSEAMEOの加盟国はブルネイダルサラーム、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムとなっており、準加盟国はオーストラリア、カナダ、フランス、ニュージーランド、ドイツ、フランス、オランダとなっている。スタッフ数は23名で、活動内容は研究・開発、教育および訓練、情報技術の普及、経験と資源の共有、コンサルティングサービスなどとなっている。
東南アジア各国やインドネシア国内での活動も積極的に行っており、2003年5月には、SEAMEO 地域訓練センター(ベトナム)とe-Learningの為の自己学習教材開発に関する訓練プログラムを行っている。このコースは基本的な自己学習教材を開発し、WebCTを用いて、開発した教材をオンラインコースに変換するスキルを高めることを目的にしている。2003年6月には同様の訓練をインドネシア・ランプン大学において行った。またユネスコの支援のもとで、ラオスにオープンおよび遠隔学習機関を設立する調査を行った経験を持っている。大学の講師だけでなく、政府役人や小学校・中学校の教師に対しても行っている。例えばインドネシア各地の、別々の中学校から派遣された21人の教師がボゴールでインターネットを教育に活用する訓練を受けている。また23人の小学校の教師が英語教育に関する遠隔訓練に参加をしている。
SEAMEOはe-Learningコースとして、地方開発におけるデータ管理コースを行っている。生徒は大学生や大学教授で、単位は得られないが無料で授業を受けることができる(www.seamolec.or.id)。
職業訓練校や工業高校向けの教師を育成している機関であるが、@既存の教師に対してスキルアップを提供する活動と、A新卒の学生が教師になるための訓練を実施する活動、B3年生のポリテクニークを運営するという、主に3つの柱から成り立っている。
同センターは、職業訓練学校向けにe-Learningシステムによる教育・研修、e-Learning技術を利用した教材の全国展開を計画している。今まではインフラを構築することに重点をおいていたが、今年からはコンテンツ開発を行おうとしている。総勢405人のスタッフが働いており、その内156人が技術スタッフとなっている。10の部門があるが、8つの部門が技術関連部門となっている。また同センターはJICAの援助を受けており、日本側の協力が継続されることに対して非常に期待をしている。
インドネシア政府では、遠隔教育の活用による政府内教育を検討している。地方分権化が進む中で、電子政府を推進させるためには中央政府のみならず地方政府の職員のIT教育が不可欠となる。一度に低コストでの研修を実施するために衛星通信をつかったテレビ会議方式での遠隔教育の実施を検討している。
e-ラーニングを理解する人材の不足、現状のカリキュラムに会うe-ラーニングコンテンツの不足、e-ラーニングを行なった経験が不足していることなどが挙げられる。
マレーシア(Malaysia)は赤道直下北緯1度から7度の間、東南アジアの中心に位置し、タイと国境を接するマレー半島部の西マレーシアと、南シナ海を隔てたボルネオ島の、インドネシア領カリマンタンと接するサバ、サラワク両州から成る総面積32万9,735平方キロメートルの国である。高温多湿で年間を通じ大きな気温の変化はなく、平均気温は27℃前後である。はっきりとした雨期、乾期の区別はないが、気候は南シナ海とインド洋からの風に大きな影響を受け、南西モンスーン期と北東モンスーン期に大別される。東海岸では10〜3月が、西海岸では4〜10月がモンスーン期にあたり、多量の雨を伴った風が吹く。1957年、マラヤ連邦として独立し、1963年にシンガポール、サバ、サラクワを加えてマレーシア連邦を結成した。その後、1965年にシンガポールが分離独立し、現在のマレーシアとなった。
人口約2,453万人(2002年)を抱えるマレーシアは複合多民族国家で、マレー系(65.1%)、中国系(26.0%)、インド系(7.7%)の他、カダザン、バジャウ、イバンなどの先住民族(1.2%)で構成され、それぞれの民族が独自の習慣、祭事、宗教、衣装、食生活などの文化、伝統を守りながら共存共栄して住んでいる。国教はイスラム教でマレー系の大半が信仰しているが、国民の信教は自由とされており、中国系は主に仏教徒、インド系は主にヒンズー教徒である。
マレーシアは立憲君主制を採り、13州(マレー半島部の11州、サバ州、サラワク州)と連邦直轄区(クアラルンプール、ラブアン、プロラジャヤ)に区分される。元首は国王で、9州のスルタン(13州のうちペナン、マラッカ、サバ、サラワクの4州にはスルタンが存在しない)の中からスルタン会議において互選によって決定される。国王は内閣総理大臣を任命し、国会を通過した法律を裁可し、内閣の助言に基づいて行政権その他憲法及び連邦法に定められた行為を行う。
実質的な権力は、首相にあり、マハティール・モハマド首相(1981年7月就任)が長くマレーシアを指導してきた。2003年10月末日、22年間にわたる長期政権を維持してきたマハティール首相が下院議員を除いて政府及び党の全ての職を辞し、アブドゥラ副首相が第5代首相に就任した。
マレーシアはかつてゴムと錫中心の典型的なモノカルチャー型経済であったが、政府は、1960年代に消費財を主眼とした輸入代替工業化政策、70年代には輸出加工区の設置を基幹とする輸出指向型産業の育成を開始した。1997年に通貨・金融危機による経済困難に直面したが、IMFの支援を仰がずに独自の経済政策を推進。1998年9月に為替管理措置を導入し、翌年2月以降に緩和した。1998年はマイナス成長を記録したが、製造業を中心に回復し。2002年の実質成長率は4.5%(Bank Negara
主要産業は製造業(電気機器)、農林業(天然ゴム、パーム油、木材)及び鉱業(錫、原油、LNG)で、2002年のGDPは951億5710万5263米ドル(Bank Negara Malaysia, “Monthly
Statistical Bulletin”)、1人当たりのGDPは3,879米ドル(IMF, “World Economic Outlook Database”)。主要輸出品目は電気製品、原油、LNG、パーム油、繊維製品で、2002年の輸出額は932億8,342万1,052米ドル(Bank Negara Malaysia, “Monthly
Statistical Bulletin”)、その主な相手国は米国、シンガポールに日本が続いている。
1995年8月25日に新行政首都であるプトラジャヤの起工式において、マハティ−ル首相によりマルチメディア・スーパー・コリドー(MSC: Multi
Media Super Corridor)計画が正式に発表された。マルチメヂィア・スーパー・コリドーとは、クアラルンプール・シティ・センター(KLCC)、プトラジャヤ新行政都市、サイバージャヤ、98年6月開港のKL新空港(KLIA)を含む15Km×50Kmの地域で、マルチメディア技術を活用した都市開発を行う計画である。マハティ−ル首相自身の強い政治的意思により推進されている。サイバージャヤはその中心であり、マルチメディア産業、R&Dセンター、マルチメディア大学、多国籍企業の統括部門等を誘致する広大なインテリジェント・シティーである。
MSC計画は、2020年に先進国入りするとの“VISION2020”を達成するため、これまで、マレーシア経済を牽引してきた製造業と合わせて、新たにIT産業を中心とするサービス・知識集約型産業を育成することを目標としている。ITは、第3次長期経済計画(2001年4月国会で承認された10年計画)では知識集約型産業の担い手として位置付けられるとともに、第8次5カ年計画(2001年4月、第3次長期経済計画の具体化策として国会で承認された5年計画)ではより具体的な振興策が規定されている。
MSC計画は1996年から2020年までの長期計画であり、以下の3つのフェーズから成っている。
(1)第1フェーズはマルチメディア/・スーパー・コリドーの開発、世界レベル企業の誘致、7つのフラッグシップ・プロジェクトの開始、世界をリードするサイバー法の整備、世界初のインテリジェントシティーサイバージャヤとプトラジャヤの完成。
(2)第2フェーズとしてマレーシア国内外のインテリジェントシティーとのリンク、フラッグシップ・プロジェクト、サイバー法の世界標準化。
(3)第3フェーズとしては、マレーシアの知識ベース社会への転換、IT・マルチメディアに関する研究開発実験場の提供、世界の情報スーパーハイウェーへの接続、国際サイバー裁判所のプラットフォームとなること。
現在は、第2フェーズとして、地方に対してMSCの成果を普及させようとしている段階である。
マレーシアにおける教育の主眼のひとつは複合民族国家としてのマレーシアを統合していくことである。その方策がマレー語教育を中心とする教育の「マレー化」で、独立以来、教育省はマレー系の小学校(国民学校)はもちろんのこと、中国語やタミール語で授業を行う小学校(国民型学校)においてもこれを推進してきた。この方策を進めるため、各州には教育省の地方部局に相当する教育庁が置かれ、その下に複数の教育事務所が配置されている。
学制は英国の制度を基にしており、初等教育(6年)、中等教育(前期3年・後期2年の計5年)、高等教育の3段階に分かれている。初等教育未就学児童の保護者に対する罰則はなく厳密な意味では義務教育ではないが、前期中等教育終了までの授業料は無料であるため就学率が高い。
初等教育は小学校で行われ、就学年限は6年間である。就学開始年齢は日本同様6歳で、就学率は100%に近い。中等教育は下等中等学校、上等中等学校及び大学予科、専門学校に分かれる。前期3年と後期2年で構成され、後期以降は普通教育と職業教育の2本立てになっている。中等教育終了後進学できる学校には、教員養成学校(2年制)、ポリテクニック(3年制あるいは2年制)がある。高等教育は大学(修学年限は3〜6年。学部によって異なる)、大学院が中心である。1996年に設立された「私立大学教育機関法」により、私立大学の設置及び外国資本による高等教育機関の設置が認められるようになった。現在、マレーシアには国立大学、国際イスラム大学(イスラム教諸国による共同設置)の計11校及び私立大学12校がある。
マレーシアの抱える教育上の問題としては、学生の数が増加している、これに伴い教育関連コストが増加している。現在義務教育を終了した人の18%の人が高等教育を受けているが2020年までにこの数値を40%に使用する目標を掲げているなど質の高い教育に対する需要が増えている。一方ICTを中心とする教師が不足している。設備やツールが限られているといったことが挙げられる。マレーシアは知識社会に移行することを目指しており、これを達成する為には人材育成が必須であり、e-Learningはマレーシアにおける教育問題を解決する有効な手段として注目されている。
教育省は、デジタルデバイドの解消や学校でのITの活用にも力を入れている。Ministry of Education(MOE、教育省)の予算が国家予算のうち大きな割合を占めていることからも明らかなように、マレーシア政府は教育分野に特に力を注いでいる。MOE自体も各州にサーバをもち、職員名簿などのインターネットアプリケーションを活用している。現在、職員2人につき1台の割合でPCが設置されているが、2005年までに全職員に1台ずつPCを提供する計画である。
MOEが最も重要視しているのがデジタルデバイドの解消である。クアラルンプール周辺のクランバレー地区では全ての初等・中等学校でインターネットを利用できるのに対し、地方にある学校のほとんどはインターネット接続環境がないのが現状である。また、電話回線を備えていない学校は全体の1割程度にあたると見積もられている。
また、MSCと連携してフラグシップのひとつである「スマートスクール」プロジェクトに積極的に取り組んでおり、2010年までに全ての学校をスマートスクール化することを目標としている。スマートスクールの要件としては、PCラボが設置されていること、MOE主催の14週間にわたる特別研修を教師が受講していることなどが挙げられ、ICTを学習の手段として取り入れている。1990年以降、教師養成大学では基礎情報学コースの受講が義務付けられており、MOEは週末や長期休暇中などに、希望者を対象とした集中コースを提供している。
MOEのカリキュラムに従い、生徒はインターネットサイトを利用してマルチメディアチュートリアルや個別学習プログラムなどを活用することができる。Ministry of Education(MOE、教育省)がスマートスクールプロジェクトを推し進めているものの、マレーシアではデジタルデバイドが深刻な問題となっている。PCを備えている学校は2000年時点で小学校で3割、中学校で半数強と見積もられており、インターネット接続環境に関しては小学校で1割、中学校で3割と言われている。このうちウェブサイトをもつ学校は250校程度と推定される。
高等教育機関におけるコンピュータネットワークの活用は、RangKoMにより、MIMOSと4大学間とが繋がれたことに始まり、今日では複数の大学間でのリースラインによるインターネット接続が可能となっている。大学の多くはさらに、JARINGの高速光ファイババックボーンに接続されており、中にはMalaysian
Advanced Network Integrated System(MANIS)を通して海外の教育機関と接続されている大学もある。
マレーシアでは2000年に前後して各種の活動やイニシアティブが行われ始めている。1998年にはトゥン・アブドゥ・ラザック大学(Tun Abdul Razak :UNITAR)が設立され、1999年には首相を議長とする国家IT評議会のもとに学習のためのマレーシアグリッド(MyGfL)の作業グループが設立された。2000年にはオープン・ユニバーシティ・マレーシア(OUM)が創立し、マレーシアで初めての全国e-Learning会議が開かれ、国家e-Learning運営委員会が設立している。
2003年初めにはe-Learning標準(SCORM)ワークショップをマレーシア・エネルギー通信マルチメディア省(KTKM)が経済産業省、ALIC、マルチメディア大学の支援を受けて開催している。これはマレーシアにおける最初のSCORMに関するワークショップであり、160人の参加者を集めて、マルチメディア大学のネットワークを活用して国内5ケ所にも内容が送信された。
2003年9月にはマレーシア・マルチメディア大学とシンガポールe-Learning・コンピーテンシー・センターの共催でSCORM規格に基づくe-Learning・コンテンツの開発の実施をテーマに“DESTEC 2003”が開かれた。2003年10月には、エネルギー通信マルチメディア省により、“マレーシアにおけるe-Learning・イニシアティブ”と呼ばれるセミナーがクアラルンプールにおいて開催され、地方政府や民間企業から300名の参加者が参加した。
マルチメディア大学(www.mmu.edu.my)はe-Learningをサポートするために4つの部門をキャンパス内に設置し、総勢100人がe-Learning関連の業務に従事している。ナレッジマネジメントセンターは2000年にモトローラ大学とマルチメディア大学の協働作業により設立され50人の研究者がいて、ナレッジマネジメントに関する研究を行うと共に、キャンパスにおけるナレッジマネジメントの開発と実施を担当している。インターネット学位プログラムはインターネットを通じた学位プログラムの配信とコンテンツ開発を担当している。マルチメディア教育開発センターはコンテンツ開発とマルチメディア大学キャンパス内および第三者に対するLMSを担当している。ネットワークマルチメディア教育サービスはエネルギー通信マルチメディア省とJICAの協働作業により作られた。衛星(Measat2)による教育を行っており、マルチメディア大学サイバージャヤ校がハブとなり、マルチメディア大学マラッカ校を含む、マレーシア各地にある5つのリモートサイトに対してライブの授業を実施している。プログラムとしては、2002年9月にIT学士向けコース、2003年5月にIT Diplomaコース、2002年5月にミクロ電子工学修士コースを開始している。
マルチメディア大学ではマルチメディア教育開発センターが開発したマルチメディアラーニングシステム(MMLS)と呼ばれるラーニングマネジメントシステムを用いている。SCORMに準拠しており、オープンソース環境で開発されている。オペレーティングシステムはLINUX、SUN
Solaris、 Unix、Windowsをサポートしており、WebサーバーはApache、DataBaseはMySQL、サーバー側のスクリプトはPHPバージョン4.0.4を用いて、クライアント側ではJavaスクリプトを用いている。
MMLSの特徴は以下の通りである。
・ プラットフォームから独立している。(Linux、Windows、Unixの全てに対応)
・ 既存のデータベースと統合している。
・ 管理業務も含めて全てWebを活用している。
・ 高度な生徒のモニタリング機能や追跡機能を有している。
・ コース管理が教師により可能である。
・ 登録やグループ化の自動管理機能を有する。
・ 掲示板、チャット、フォーラム、電子メール、SMSといった複数のコミュニケーションツールを有している。
・ オンライン試験ツール。
・ カレンダー・スケジューリング機能を有する。
・ 要求に応じて設定が変更可能である。
・ SCORMに準拠している。
サイバージャヤとマラッカの2つのキャンパスにそれぞれサーバーがあり、2つのサーバー合計で、6週間で250,000アクセスを計上している。マルチメディアコンテンツは現在100以上あり、全体の40%となっている。毎年20%ずつ作っており、3年後には100%にする予定である。e-Learning関連部署ではインターネット学位プログラムとネットワーク教育開発プログラムがMMLSを使用している。生徒数は15,000人おり、マルチメディア大学にフルタイムで通う人はe-Learningを追加として活用しており、対面とオンラインの割合は4対1となっている。一方インターネット学位プログラムではe-Learningは必須で、一部を除いて基本的に全ての授業がオンラインで提供されている。キャンパス内でワイヤレスLANが整備されており、使用料は全て無料となっている。外国との協働作業としては早稲田大学、京都大学と、フランスのラローシャ大学と行っている。またインド、南アフリカ、UAEに対してはe-Learning設計支援をしている。
トゥンク・アブドゥ・ラザック大学(www.unitar.edu.my)は最初のバーチャル大学であり、インターネットを通じた学位プログラムの配信と開発を行っている。1998年9月時点では生徒数は162名であったが、2002年8月には8,000名の生徒を抱えている。同大学は独自のLMSを開発し、VOISS(Virtual Online Instructional Support System)と呼ばれるバーチャル・ラーニング環境を有している。このラーニング環境の特徴は、オンライン討議、オンライン講義や授業、クイズ、宿題に対するフィードバック、コンサルテーション、オンラインの教材配信、電子掲示板、FAQ、告知といった機能があることである。管理学部、IT学部、人文科学・社会科学学部の3つの学部に100人のスタッフを抱えている。プログラムは中国、カンボジア、タイ、インドネシアや中東諸国に提供されている。政府は全ての大学は対面による授業を取り入れるように指導をしているために、全ての授業をWBTで行うことは出来ない。オンラインでの授業になれていない生徒も多いために、初年度では対面授業の割合が多く、年次が上がるごとにオンラインの割合が増えていき、最終年度では対面での授業は10%程度となっている。
2000年8月に設立され、2001年には900人の生徒で、2003年には15,000人の生徒が学習している。同大学ではWBTも行っているが、郵便による通信教育が主体となっているのが実態である。(www.oum.edu.my)
このプロジェクトはマレーシア政府の教育省により、K12レベルの全ての学校に対してe-Learningソリューションを開発・実施することを目的に始められたものである。当初はPCラボを各学校に設置することを行っていた。コンテンツ開発は1999年にCD-ROMでの使用を前提に開始されたが、全ての科目を電子化し、Webに基づくものにしSCORM準拠となるように変更が行われている。テレコムマレーシアを主要メンバーとするコンソーシアムにより、運営がなされている。教師によるPC使用に対する質問に答えるためにコールセンターも準備されている。
生涯学習向けには“学習のためのマレーシアグリッド(Malaysian Grid for Learning: MyGfL)”というプロジェクトがある。1999年3月に国家IT評議会のe-Learning作業部会が国立ラーニング・グリッドを作業部会で行うプロジェクトの一つとして提案されたことが本プロジェクトの起源である。2002年6月には国家IT評議会と戦略推進実施委員会(Strategic Thrust
Implementation Committee:STIC)打ち合わせによりMyGfLの概念枠組みが承認された。2002年8月には、戦略推進実施委員会の会合において、MyGfLは16のデジタルデバイドブリッジ・プロジェクトの統合プラットフォームとして使われることが決定した。2002年9月には人的資源開発省により開始された。2003年3月には国立図書館とコンテンツの協同作業が行われた。2003年5月には、コンテンツ、教育設計及び技術ガイドラインが形成され、2003年にはマレーシア・マイクロ電子工学研究所(Malaysia
本プロジェクトの運営は政府資金によるものであり、活動としては、政策や標準、ガイドラインの形成、メタデータセンターの構築、生涯学習の普及、セミナーやワークショップの開催を行っている。この団体は学習に関する全てのラーニングオブジェクトを集めたカタログとなるマレーシアのポータルを作ろうとしており、このプロジェクトをメタデータセンターと読んでいる。一般加入者はメタデータセンターと呼ばれるISPのサイトにアクセスし、ここを通じてコンテンツプロバイダーであるマルチメディア大学などにアクセスすることになる。以下にMyGfLのプラットフォームの統合状況を示す。
MyGfLポータル:2004年9月に完了、ポータル機能の改善をする為の評価・改良が行なわれている。
メタデータ管理システム:2004年2月に完了、国立、州立大学の司書に対するワークショップを2004年3月に実施
共同開発ツール:完了済(ただし基本的な機能のみ)
ラーニング管理システム:システム要求を準備中
ユネスコの資金により、図書館を使用者に対するe-Learning・パッケージとして開発された。第1フェーズとして、マレーシアの全ての図書館で活用されることを目指し、第2フェーズとしてアジア・パシフィック地域の全ての図書館で使えることを目標としている。
英語とマレーシア語の2つの言語に対応しており、家庭からもログインできるようになっているが、認知がほとんどされていないために、2003年4月〜10月で、2,333アクセスに留まっている。さらに将来的には、ヴァーチャル図書館への以降も考えられている。
民間企業では銀行大手のMaybankや国営石油会社のペトロナス社が社内教育の一環としてe-Learningを活用しているが、民間企業の活動をまとめる団体は存在していない。全ての企業は賃金の1%を人材資源開発基金の拠出する義務を負っており、この基金の総額は5億マレーシアリンギットに達している。企業は従業員を訓練に派遣すると、拠出した金額を還付できる仕組みになっている。
政府職員向けにはINTANがe-ラーニングイニシアティブを行なっている。パイロットシステムの利用開始は2005年に予定されており、SCORM準拠のLMS(Learning Management
System)を採用する。
2003年10月に、120の政府機関と民間企業を対象に行われた調査では、65%の組織がオンライン・e-Learning訓練を実施している。35%はまだ実行段階に入っていないが、調査対象の組織は全てe-Learningの重要性について認識していると回答している。
SCORMに準拠している準拠したコンテンツを有していると回答した団体は54%で、この中にはCORMへの変換を推進中のものも含まれている。2004年12月にシンガポールで開催されたAENカンファレンスにおいてマルチメディア大学が17大学でのe-ラ-ニングの調査結果を発表したが、同報告によるとLMSを利用している大学は10校、SCORM準拠のLMSを利用しているのは10校、SCORMに準拠したコンテンツを使っている大学は12校であった。
エネルギー・通信マルチメディア省(KTKM)は国立e-Learningセンターを今年の早い時期に設立しようとしている。この決定は2003年10月のセミナー“マレーシアにおけるe-Learning・イニシアティブ”においてなされ、エネルギー・通信マルチメディア省の傘下の国家e-Learning運営委員会により報告する予定となっている。活動としてe-Learningに関する政策、標準、ガイドラインの形成、また標準準拠試験の実施、e-Learningの普及活動や、セミナーやワークショップの開催などが予定されている。
アセアン大臣会合において、複数のCenter of Excellence(COE)を設置することで合意し、マレーシアはサイバー法のCOEと共にe-LearningのCOEとなる”ASEAN
e-Learning Center of Excellence”を提案している。本COEは閣議で了承がなされ、設立が計画されている。マルチメディア大学(Multimedia
University:MMU)のDavid氏によるとこのCOEはMMUに対して業務を委託することになる見込みである。
MIMOSはマイクロエレクトロニクスと情報技術分野の研究開発を行うために1985年に設立されたが、その後1996年11月1日に民営化されMIMOS Berhadとなっている。同社は、e-Learning標準とガイドラインの原案を作成している。3つの作業部会が結成され、コンテンツガイドライン、教育設計ガイドライン、技術ガイドラインにつき見直しを行っている。2004年3月に提出される予定の最終版の原案はマレーシアの標準化団体であるマレーシア標準工業研究所(Standards
and Industrial Research Institute of
フィリピンは、1898年の米西戦争の結果、約300年にわたるスペインの植民地からアメリカの植民地となった。第二次世界大戦時日本に一時占領されたが、1946年にアメリカから独立した。スペインと米国の植民地支配を通じて、輸出向けプランテーション農業が行われてフィリピンを豊かな国にしたが、プランテーションを保有する大地主層が形成された一方で、無数の土地を持たない農民は貧困のままであった。こうした貧富の差がフィリピンの根元的な問題である。ITに関しても、世界的レベルで活躍する技術を有する一方で、全くIT機器を利用できない層が存在している。
南シナ海とフィリピン海の間の島嶼国家であり、国土面積は約30万平方キロメートルで、首都圏を含め160地方(州)と73の地方自治体(県)から構成される。国土面積は299.4千平方キロメートルで、7,109の島がある。地形はそのほとんどが山岳地帯であり、海岸に狭い平野部がある。また、フィリピンはマレーシアやインドネシアと極めて近い位置にある。欧米列強の植民地支配により人為的に引かれた境界が現在の国境であるが、民族的、宗教的なルーツは別のところにあり、このことが現在の一部での内戦状態の遠因になっている。
フィリピンの人口は2003年6月現在、8,460万人で、2010年頃には1億人を越すといわれている。また、2000年で14歳以下の若年層の人口に占める比率は37%で人口に占める若年層の比率が極めて高い人口構成であることが特徴である。来日フィリピン人は毎年増加しており、特に芸能関係者と日本人との配偶者の増加が多い。日本在留のフィリピン人は、2002年12月の時点で169,359人で韓国・朝鮮、中国、ブラジルに次ぐ4位である(全体の9.1%を占める)。
フィリピンは人材の輸出国とも言われ、上述の芸能関係者のみならず、家事手伝い、工事関係、看護士等の多くが欧米、中東、ASEAN諸国で働いており、彼らの本国への送金が、フィリピン経済の大きな柱となっている。
スペイン統治下にあった16世紀から19世紀の終わりにかけてキリスト教の布教が行われ、アジア諸国の中では唯一、キリスト教徒の割合が92%(カトリック83%、プロテスタント9%)と人口のほとんどを占める。フィリピン南部はミンダナオ島を中心に全人口の4.6%を占め、貧困問題と密接に関連しミンダナオ島にイスラムの自治地域を求める「モロ・イスラム開放戦線」を結成し、国軍との武装闘争を展開している。また、南部バシラン島を拠点に「アブ・サヤフ」と呼ばれるイスラム原理主義過激派組織も反政府活動を行っている。
米国支配時代、米国は多数の英語教師を派遣して徹底した英語教育を行った。また独立後もアメリカの強い影響下にあったため、英語を話す人口が高く、英語とフィリピノ語(タガログ語が基本になっている)が公用語となっている。一方、商業上や法律上では英語が公用語とされている。周辺諸国の文化的影響も受けており、南部ミンダナオ地域は北部ルソン地域、中央部ビサヤ地域と比較し、イスラム教徒の割合が高い。
独立後は1965年までの20年間、マヌエル・ロハス、エルピデイオ・キリノ、ラモン・マグサイサイ、ガルシア、デイオスダド・マカパガルの5人の大統領が登場したあとに、1965年マルコス政権が誕生した。マルコス政権は86年までの約20年にわたりフィリピンを支配した。その後、コラソン・アキノ、フィデラル・ラモス、ジョセフ・エストラーダを経て現在のアロヨ政権となった。
フィリピンの産業構造は、同国国土は26%が農地であり労働力の39%が農業に従事しているが、農林水産業のGDPに占めるシェアは2割に過ぎない。さらにGDPに占める農業の割合は、長期的には低下する傾向を示している。また、製造業は横ばいで推移している。一方、サービス業のGDPシェアが拡大している。工業製品のGDPシェアは低いものの、半導体・記憶デバイスに関しては、アジアの製造拠点となっている。最近では、その英語力を生かしたコールセンター機能、ソフトウェア開発、アニメなどIT関連産業も発展している。
フィリピンの最大の産業は「人材の輸出」と言われている。これは、国内に大きな雇用機会がないのが原因であるが、海外労働者(OFW)は200国で750万人となっており、GNPの7%以上にも達する。経済成長率はアジア通貨危機の影響を受けて1998年には経済成長率は前年の5%に比べマイナス0.6%に落ち込んだものの1999年には3.4%、2000年には4%、2001年には3.4%、2002年には4.6%の成長率を記録。2002年時点で、GDPは77,075百万米ドル、一人当たりのGDP969米ドル、経済成長率は4.6%、インフレ率3.1%となっている。
貿易収支は1999年以前は恒常的に赤字であったが、近年エレクトロニクスを中心に輸出が伸びている。2002年の貿易は輸出が35,208百万米ドル(2002年)で輸入が35,427百万米ドル(2002年)と、4年連続で貿易黒字を記録した。
2002年の時点で8,460万人の人口のうち、労働人口は33,098千人で、うち失業率は10.2% (2002) となっており、都市よりも農村に多く集中し、農業の停滞によって農村における過剰労働力を生み出している。
フィリピンは他のASEAN諸国に先駆けて、政府の情報化プロジェクトを中心としてIT化を推進していた。政府部内では1969年にコンピュータ化計画が持ち上がり、1971年6月に国家コンピュータセンター(National
Computer Center : NCC)が設立され、政府部内のコンピュータ化に取り組むこととなった。しかし、その後1980年代まで続いた国内政情不安と政権交代毎に新しく打ち出されるが政策通りに履行されないIT政策、シンガポールやマレーシア等周辺新興アジア各国のIT化の動きが急となったこと等の影響もあり、フィリピンは国家IT化に関してアジア諸国に遅れを取った形となっている。
フィリピン政府は国家IT戦略として「国家情報化計画(National Information Technology
Plan;NITP)」(1989年)、「NITP2000」(93年策定、1994年7月施行)を発表、その推進組織として国家IT評議会(National Information Technology Committee : NITC)を設立した。その後、民間企業の活況と対照的に、国家レベルでの情報化計画「NITP2000」の進展は乏しいものであった為、政府は1997年10月28日にNITP2000計画を改訂する形で、1998年からの10ヶ年IT国家戦略である「21世紀に向けた国家情報化行動計画(National Information Technology Plan for the 21st Century :
IT21)」が作成され、内閣によって承認された。翌1998年2月23日に、「IT21プラン」の開始が発表され、21世紀にフィリピンを「アジアの知識集約センター」とすることが目標とされた。
国家IT開発戦略である「IT21」は、21世紀にフィリピンを“Knowledge
Center in Asia”とすることを大目標に掲げ、2010年までに徐々にIT化を進めていくとしている。実施スケジュールは3フェーズに分かれている。http://www.neda.gov.ph/Subweb/IT21/it21.pdf
フェーズ1:2000年
21世紀までに、フィリピン国内の全産業、政府機関、学校、家庭からIT(情報技術)にアクセスするためのインフラを整備する。
表3-1 IT21計画のフェーズ1の目標
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施策概要 |
実施時期 |
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1.IT環境整備 |
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IT及び関連エレクトロニクス産業への投資促進 (ベンチャーキャピタル支援やR&D投資促進のための法律制定等) |
1997-2005 |
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投資手続きの見直し(外国投資の更なる自由化等) |
1997-1998 |
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ITA協定に沿ったIT製品関税の段階的廃止 |
1997-2000 |
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IT製品・サービスに対応した知的所有権保護体系の確立 |
1997-2998 |
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テクノパーク、サイバーシティの開発 |
1997-2000 |
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2.通信インフラ整備 |
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フィリピン全土におけるユニバーサルアクセスの提供 |
1997-1998 |
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フィリピン・インフォメーション・インフラ(PII)の構築 |
1997-2000 |
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通信産業分野への投資促進 |
1997-1998 |
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サイバー法の創設 |
1997-2000 |
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テレワーキング、テレコミューティングの促進 |
1998 |
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3.IT人材開発 |
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IT専門家、IT能力を持った人材育成(学校教育含む) |
1997-2000 |
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IT Centers of Excellenceの創設 |
1997-2000 |
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国内外企業・研究機関が協力した全国レベルのIT研究機関創設 |
1997-2005 |
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教師/ITトレーナーへのIT教育の継続 |
1997-2000 |
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高度な遠隔教育の実現 |
1997-2005 |
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インターネットを通じた生涯学習システムの開発 |
1997-2005 |
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4.IT産業育成 |
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政府重要システムの情報化促進(予算管理、税、公安、環境保全等) |
1997-2002 |
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行政サービスの情報化 |
1997-2001 |
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全政府機関のネットワーク化と全ISPの相互接続 |
1997-1998 |
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官民双方のY2K対応 |
1997-1999 |
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IT開発基金の創設 |
1997-1998 |
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政府情報システムアウトソーシングのための金融スキーム検討 |
1997-1999 |
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高付加価値新製品、サービス、アプリケーション開発促進 |
1997-2000 |
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民間のR&D活動を推進する金融支援の提供 |
1997-1999 |
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5.機構改革 |
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国家IT評議会再編成(民間の役割を増加させる) |
1997-1998 |
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IT21を実現するための国家IT評議会タスクフォースの設置 |
1997-1998 |
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IT21実施のための民間アドバイザリー・カウンシル創設 (メンバー50名程度) |
1997-1998 |
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政府部内のIT利用を促進するための国家コンピュータセンターの強化 |
1997-1998 |
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6.IT21プランの周知徹底 |
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全国レベルの意見交換、支援タスクフォース設置 |
1997-2000 |
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IT21及びフィリピンITアクションアジェンダの広報 |
1997-1998 |
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IT21ホームページ製作 |
1997-1998 |
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フェーズ2:2005年
2005年までに、IT利用を日常生活に普及させ、フィリピン企業が競争力のあるIT製品を世界市場に提供できるようにする。
表3-2 IT21計画のフェーズ2の目標
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目標 |
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1) 民間企業のIT利用促進(フィリピン製のソリューションを活用) |
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2) 国内外で通用するフィリピン国産IT製品、サービスの開発 |
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3) 政府によるIT利用を通じた公的サービスの実施 |
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4) IT教育・訓練の充実 |
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5) 通信分野の高成長を持続 |
フェーズ3:2010年
2010年までに「アジアの知識センター」となる。
表3-3 IT21計画のフェーズ3の目標
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目標) |
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1) フィリピンIT製品・サービス開発 |
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2) 知的創造社会へ向かった更なるIT改革の推進 |
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3) フィリピンIT産業の高成長維持 |
フィリピンの主な情報化年表を下記のとおり記す。(政策とIT関連機関設立等含む。)
表3-4 フィリピンの主な情報化年表
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年 |
情報化の動き |
概要 |
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1967 |
フィリピンコンピュータ協会(Philippine
Computer Society : PCS)設立 |
IT専門家の集まり。現在の会員数は700以上(個人・団体両方含む) |
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1971 |
国家コンピュータセンター設立(大統領令322号) |
大統領府直属の情報化推進機関。政府機関に対するコンピュータ利用の啓蒙促進、システム開発、情報化政策提言等。 1973年フィリピン大学と締結し国家コンピュータ機構(National Computer
Institute (NCI)設立) 1998年9月大統領令による国家コンピュータセンターの再構築。国家IT評議会の事務局としてIT21を推進してくことが明記。 2000年3月国家コンピュータセンターが大統領府直属から科学技術省傘下に移管(E.O.222) 2004年1月12日ICTコミッション設立(大統領令269号)に伴い、科学技術省傘下から大統領直属に移管。 |
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1989 |
情報技術調整評議会(IT Coordinating
Council : ITCC)設立 |
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1994 7月 |
「国家情報化計画2000」(National IT Plan 2000 :NITP2000)承認 |
世界における競争力の強化と国民のエンパワメントに焦点を当てたもの。 |
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国家IT評議会設立(大統領令190号) |
議長:科学技術省大臣 副議長:国家経済開発庁長官、民間代表者 国家コンピュータセンター長官も同評議会のメンバー。情報技術調整評議会の後継的位置付け。情報化の重要性が叫ばれるにつれ、98年、99年の2度に渡って国家IT評議会の位置付け、役割等が見直されてきた。 98年にはE.O469
によりIT21の実施機関として任命。 |
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1995 1月 |
フィリピンソフトウェア開発研修所プロジェクト(Philippine Software Development Institute : PSDI)開始 |
JICAプロジェクト方式技術協力による5年間のプロジェクト。現在は国家コンピュータセンター内国家コンピュータ機構で主に政府関係者に向けた基礎的な内容を中心とした研修を実施。 |
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1998 2月 |
「21世紀に向けた国家情報化行動計画」(IT21:IT Action Agenda for the 21st Century)施行 |
NITP2000の補完的位置付け。フィリピンをアジアのKnowledge
Centerとすることを目標とした具体的な行動計画を3フェーズ(フェーズ1:〜2000年、フェーズ2:〜2005年、フェーズ3:〜2010年)に分けて記述している。 |
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電子商取引推進評議会(National Council for
the Promotion of Electronic Commerce
: NCPEC)設立(大統領令468号) |
貿易産業省傘下に設立された、電子商取引推進を目的とした組織。 |
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7月 |
イーストウッド・シティ・サイバーパーク第一期工事完了 |
フィリピン初のIT専門ハイテクパーク。民間不動産会社が所有。今後7年間で400億ペソを投資する予定。 |
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1998 |
The Intellectual Property Code of the |
コンピュータソフトウェアとその他の知的財産権に保護に関して定めたもの。 |
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2000. 5月 |
コンピュータウィルス”I Love You”事件発生 |
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6月 |
「電子商取引法」(E-Commerce Bill)施行(共和国法第8792号) |
電子文書にも紙文書同様の法的効果を与えることが大目的だが、コンピュータ犯罪やコンピュータ不正アクセス、違法コピー、ウイルス照会等に対する罰則も含まれている。 |
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7月 |
政府情報システム計画(Government Information Systems Plan : GISP)承認 |
電子政府実現に向けたビジョンとフレームワークを策定。5年間の総予算額は212億ペソとしている。国家IT評議会が総合的な取りまとめを行い、国家コンピュータセンターが支援することとなっている。 |
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情報技術・電子商取引評議会(IT and EC Council : ITECC)設立(大統領令264号) |
議長:貿易産業省大臣 副議長:科学技術省大臣、民間代表者 国家IT評議会とECPC (Electronic Commerce
Promotion Council)の統合により誕生。IT21、政府情報システム計画の実施機関、電子商取引促進の国家計画や戦略の策定、大統領や議会に対するICT政策に対する提言、全てのICT及び電子商取引に関する調整を行う。 2001年5月組織変更(大統領令18 号)により、大統領府直属に移管。議長:大統領 副議長:貿易産業省大臣、民間代表者 8人の政府関係者と7人の民間人がメンバー。 官民両方が参加した組織で、電子政府、インフラ、人材、電子商取引、法制の5作業部会が活動している。将来的には、IT省に格上げされるものと予想される。 |
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2003 2月 |
ITECCロードマップ2003 |
USAID( |
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2004 1月 |
Commission
on ICT設立 |
2004年1月制定、大統領府直属。 |
2003年2月に情報技術・電子商取引評議会よりITECCロードマップ2003が策定された。これは今後のIT戦略についてのロードマップで、USAID(U.S. Agency for International Development)の支援によって情報技術・電子商取引評議会と米企業AGILE
(Accelerating Growth Investment and liberalization with Equity)が作成したものである。e-Philippinesを推進すべく、優先度の高い21プロジェクトを12-18ヶ月以内に完了させ、ICTサービス分野におけるフィリピンの可能性をグローバル市場に活用することを目的とする。市民のITへのアクセス、質の高い教育、効率的な政府サービスを通じ、市民生活の質の向上を図るため、電子政府、人材育成、ビジネス開発、法的環境整備、インフラ整備などの広分野にわたる方向性が明記されている。また、この中でICT省の設立が提案されている。
ロードマップの中では、これまでのフィリピンICT政策並びに現状を分析した上で、IT先進国であるアイルランド、インド、シンガポールのIT振興策等を例示しながら、IT分野で競争力を高めるための今後の方向性が具体的なプロジェクト内容とともに明記されているおり、今後のフィリピンIT分野における指針として期待されている。予算付けがなされ具体的プロジェクトを着実に実施することが重要な鍵となると考えられる。
ITECCロードマップの概要と具体的プロジェクトは下記の通りとなっている。
表3-5
ITECCロードマップ概要(分野別ビジョンと優先プロジェクト)
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分野別ビジョン |
ビジョン |
21のプロジェクト |
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電子政府 |
・簡易手続きによる同国内のビジネス参入 ・基本サービスの効率性、アクセスの簡易化、透明性の確保 ・国内市場に対する最大顧客としての政府への売り込み ・IT利用促進を目的とした環境整備 |
・海外出稼ぎ労働者手続き簡略化とIT技術者データベースの構築 ・簡略手続きと透明性を確保した電子政府ポータル構築。 ・全ての政府購買に対する電子調達の拡大 ・電子政府センタの設立(監督官庁は1つに集約) ・地方政府の電子政府化促進 |
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人材育成 |
・基礎教育におけるIT利用の増加 ・SCMによるIT知識とスキルの質向上 ・IT知識とスキル開発の促進 ・海外在住フィリピン人IT技術者の利用 |
・ハイレベルe-Learningセンターの設置 ・ITサービス技術者のスキル標準と認証 ・ICTスキル調査の実施 |
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ビジネス開発 |
・フィリピンブランドとイメージの構築 ・競争力のあるニッチ分野への注力 ・アウトソーシングにおけるターゲットの明確化 |
・ITサービス分野の対外向けマーケティング強化 ・IT監督省庁集約(IT関連産業ポータル構築等含む) ・IT関連中小企業振興 ・ニッチ分野のR&D ・IT企業の能力成熟モデル(CMM)認証 |
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法律環境 |
・ICT省設立による合理化、組織化 ・新技術の重要問題に対応する法整備の強化 ・法整備と電子商取引の促進、ICTへの投資を目的とした枠組の構築 |
・ICT省の設立 ・サイバー犯罪とセキュリティ法の策定 ・個人データ保護法 ・よりよいサービス提供への規制 |
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インフラ面 |
・ICT関連リソースの統合 ・グローバルスタンダード標準のネットワークサービスの機能向上 ・ITセキュリティプログラムの開発 |
・政府ICTリソースの統合 ・コミュニティベースeセンター構築 ・グローバルスタンダードの通信ネットワーク ・国家ITセキュリティプログラム実施 |
フィリピンの教育制度は、原則初等6年、中等4年、高等4年となっている、このうち大学の4年間は、医学部や法学部で8年となるなど学部ごとによって異なる。初等教育と中等教育を管轄する政府機関は、教育省(Department
of Education: DED)で、高等教育以上を管轄する政府機関は、1994年に「Republic
Act No.7722 (the Higher Education Act of 1994)」によって設立された、高等教育委員会(Commission
on Higher Education : CHED)である。また、職業学校については技術教育技能開発庁(Technical
Education and Skill Development Authority : TESDA)が管轄している。
識字率は全人口94.6%(男性95%、女性94.3%)、機能的な識字率(Functional Literacy)は83.8%で、東南アジア諸国の中では高い順位である。
フィリピン政府は、世界に通用する優秀な人材を育成することを目指し、基礎教育におけるICTを利用した教育の質の向上に注力している。
2009年までを3フェーズ(下記)にわけ、@インフラ整備と技術サポート、AICTを利用した教材開発による学力向上、BICT最新技術へのアクセスと研究開発へのサポート、C技術を用いたカリキュラム作成、C適切な先進的技術の利用促進を目標とし、具体的に下記の目標を定めている。
フェーズ1:2000-2001 基礎データの収集、IT教育のカリキュラム作成
フェーズ2:2002-2008 ICT導入プロジェクトの実施
フェーズ3:2009 プロジェクト評価
具体的目標は次のとおりである。
公立中学校の75%と公立小学校の50%にマルチメディア機能を付したコンピュータラボを設置
全ての公立理数系学校のインターネットへの接続
全ての公立学校の電子図書システム<